第四十二夜 梅雨の句

 2023年、関東地方の梅雨入りは、まだニュースでは明言していないが平年通りに6月7日の今日辺りである。茨城県守谷市では昨夜の10時頃に雷雨があった。「ほら、ごろごろ様が鳴っているわよ!」と、私は犬のノエルに何でも話しかける。雷が鳴っている時に「ごろごろ様」と教えるから、犬にも音との因果関係は通じているだろう。
 ノエルは、昼間は玄関先で日向ぼっこ、夜は私のベッドの布団の上で眠る。
 毎日のシャンプーは大変だが、シャンプーをしない日も寝る前にお湯で全身を拭いてドライヤーで乾かしている。私のベッドの上で寝るためのエチケットだ。
 娘が東京のラブラドール・リトリバーの専門店で購入した1頭目の黒ラブはオペラと名付けた。気に入ったところはクリッとした目。穏やかな性格で・・認知症気味になっていた母とも仲良く・・13歳の命を全うした。
 ノエルは2頭目の黒ラブ犬。ネットで見つけたのが茨城県の黒ラブ犬のブリーダーであった。夫と娘と私の3人で出かけ、広い犬舎を休みなく走り回っている生後5ヶ月の、元気すぎるノエルと出合ってしまったのだ。わが家の2階に12畳の洋室があって、夫と私の仕事部屋にしていたが、いつの間にか、夫は1階のテレビのある部屋へ行ってしまい、2階の洋室はノエルの監視役として私のベッドと犬のケージを置いて、暮らし始めた。
 娘の犬だが、ノエルのお婆さんである私が、今は仕事で忙しい娘の代わりに、面倒をみることになってしまった。

■今宵は梅雨の作品を紹介させていただこう。

 1・梅雨の犬で氏も素姓もなかりけり  安住 敦
 (つゆのいぬで うじもすじょうも なかりけり) あずみ・あつし

 70年ほど昔、どこの家も朝と夕方の散歩の時間には犬の綱は外してあった。林も野原も多かったが、犬も1~2時間ほど走って戻ると朝御飯、夕御飯の用意は出来ていた。夜は、物置の内側で寝ていた。
 わが家では堂々と室内犬となったのは、ペットショップで購入した黒ラブ1号のオペラが最初であった。買うことに決めたとき、お店の方は「大切に育ててくださいね!」と言った言葉が忘れられない。

 さて掲句にいこう。しとしとと降る梅雨の頃のこと、「氏も素性もなかりけり」とは、飼主のいない犬のことだ。野良犬とは「どこの家の犬」という氏も「○○犬」という素性もない犬のことなのだ。
 残飯を目当てにいつもやってくる犬がいるのを知っている家の人は、飼うことはできないけれど・・せめて・・裏口に残飯を入れたどんぶりを置いたかもしれない。

 安住敦は東京の生まれ。逓信省上司の富安風生の「若葉」に参加。戦前は「旗艦」で日野草城に師事。久保田万太郎を擁して「春燈」を創刊、後に主宰となる。

 2・正直に梅雨雷の一つかな  小林一茶
 (しょうじきに つゆかみなりの ひとつかな) こばやし・いっさ

 梅雨雷が鳴ったらそろそろ梅雨も終わりに近づく合図だと言われていることを知っている小林一茶は、一つ鳴った梅雨雷を聞いた。
 うーむ、昔から言われてきたことは、本当であった・・。まさに言われてきたことは「正直」であった。その証拠に梅雨雷が一つ鳴ったではないか・・!

 3・すつぽりと五十三次梅雨の中  手塚七木
 (すっぽりと ごじゅうさんつぎ つゆのなか) てづか ななぎ

 ちょうど今、梅雨の最中の日本列島は線状降水帯の帯のただ中ですね。五十三次を書いてみましょう。
 始点の日本橋、品川、川崎、神奈川、保土ケ谷、戸塚、藤沢、平塚、大磯、小田原、箱根、三島、沼津、原、吉原、蒲原、由井、興津、江尻、府中、鞠子、岡部、藤枝、嶋田、金谷、日坂、掛川、袋井、見附、濱松、舞坂、荒井、白須賀、二川、吉田、御油、赤阪、藤川、岡崎、池鯉鮒、鳴海、宮、桑名、四日市、石薬師、庄野、亀山、関、阪之下、土山、水口、石部、草津、大津、京都。

■あらきみほの梅雨の句

 濡れながら梅雨の雫をふりながら  あらきみほ
(ぬれながら つゆのしずくを ふりながら)

 雨が降ろうと雪が降ろうと・・一日も犬の散歩を欠かしたことはない。2年前に、車から降りる際に玄関先で転んで右大腿骨頸部骨折で入院とリハビリテーションの入院をして以来、ずっと杖の身である。本当は、たまには「今日は俺がノエルの散歩に行ってあげるよ!」と夫に言ってもらいたい日もある。だが九州男子の根っからの威張る世界に育ってきた性格は金輪際、変わることはないようだ。

 梅雨雫ふりふり犬は濡れてゆく
(つゆしずく ふりるりいぬは ぬれてゆく)

 「雨こんこん降っていますね!」孫のいないわが家は、犬のノエルを孫のように可愛がっている。散歩するノエルはずうっと尻尾を振っている。雨が降っていても散歩はこんなに嬉しいのか・・!    
 と見ると・・尻尾は梅雨雫を飛ばしているではないか。おっ! ノエルはえらい! この「えらい」は偉いではなく、賢いほどの意味であろう!