第五十夜 村上春樹の『街とその不確かな壁』を読んで

 今宵は、青山学院大学の部活ESSでご一緒した・・と言いましょうか、先輩の梅田美智さんからのお声掛けで、大学卒業後に青山学院ESSの会報誌の編集の一員となった時に初めてお目にかかったのが松永信一さんでした。
 昨年の夏のESSの原稿を書き上げたころ、やっと梅田美智さんとお互いに打ち解けた親身なメールのやりとりができるようになったことを思い出します。その直後でした! 梅田美智さんは突然のように亡くなられて・・弟さんだったと思いますが丁寧なお便りをメールで戴きました。驚きとともに淋しさが襲ってまいりました!

 ESSの会報誌の裏表紙には短歌と俳句の欄があって、梅田美智さんの俳句と一緒に私の俳句も載せてくれていました。今年は梅田美智さんもいらっしゃらなくなったので、もうお声はかからないと思っていましたが・・松永信一さんからメールを戴きました。句会だけでなく発表の場があることは嬉しいことです。 次の7句をお届けいたしました。
 村上春樹の小説は、大学卒業後に出合いましたが、同じ英米文学科卒の親友に勧められた新刊『街とその不確かな壁』を読んでの作です。

     不確かな壁   あらきみほ

   死は句点はた春夕焼けの読点か
   逆上がりできずに蝶と校庭に
   梅雨雫ふりふり犬は濡れてゆく
   迅雷をジャズのごとくに聴いてをり
     村上春樹『街とその不確かな壁』を読んで
   わが壁も春樹の壁も黒はえて
   いつぴきのほうたるつひと父の腕
   天国はこんなにきれい螢の夜

■すでに九月も半ばを迎える頃になっているが、真夏のような猛暑が続いている。「夏」の句を見てみよう。

 1. かくらんに町医ひた待つ草家かな  杉田久女
(かくらんに まちいひたまつ くさやかな) すぎた・ひさじょ

 「かくらん(撹乱・霍乱)」とは、急に倒れる日射病のことで夏の季語である。吐いたり下したりする病気の古い言い方で、現代では急性胃腸炎、コレラ、疫痢などの総称である。鬼でも霍乱では寝込んでしまうところから、「鬼の霍乱」という言い方もある。

 2. 熱きコーヒー書斎派の暑気払ひ  辻田克巳
(あつきコーヒー しょさいはの しょきばらい) つじた・かつみ

 中七の「一書斎派の」から、俳人辻田克巳は必死になって俳句を考えていたのであるが、ここで一旦は頭を冷やしてとばかりに、コーヒータイムにすることにした。辻田克巳さんは、コーヒーの覚醒作用の力を借りて一息入れることにした。真夏の熱いコーヒーもいいが冷えたアイスコーヒーも喉を通りながらコーヒーは暑気払いをし頭をシャッキっとしてくれる。
 さあ、これで原稿の続きが書けそうだ!

 3・愛称で夫に声掛け夏の風邪  藤田 良
(あいしょうで つまにこえかけ なつのかぜ) ふじた・りょう

  藤田良さんは、私が一番最初に入った石神井句会のメンバーのお一人で、もう50年も昔のことである。普段の家庭での夫婦の呼び方を「愛称で夫に声掛け」と詠んだ。同じ年代であった藤田良さん・・家庭ではご夫婦はどんな呼び方をしていたのだろうか?
 ちなみにわが家では、夫は私を「みほ」と、そのまま名前を呼んでいたし・・いまでも「おい!」とか「みほ」であるが。

 4・こそばゆく砂に下り立つ跣かな  日野草城  
 (こそばゆく すなにおりたつ はだしかな) ひの・そうじょう

 海水浴に出かけて、水着に着替えるとビーチサンダルを脱いで海へ走ってゆく。そのまま海へ飛び込んで泳ぐのだから、足は跣(はだし)だ。砂は土とは異なり、素足で砂のつぶつぶを踏んで足の裏に当たるとザラザラとして・・確かに「こそばゆい」かもしれない。
 「こそばゆい」は、皮膚がむずむずする、くすぐったい、という意味。

■みほの句

  夏風邪やぼあーんぼあーんと耳鳴りす  あらきみほ
 (なつかぜや ぼあーんぼあーんと みみなりす)
 
 私が風邪を引いたとき、あるいは疲れているなあと感じたときなど、確かに耳は「ぼあーんぼあーん」という不思議な感触の音をたてていることがある。
 今のところは「ぼあーん」という音だけなので、耳鼻咽喉科で診てもらうほどではないと自己診断を下しているが、他の症状も出てきたら受診しようと思っている。