第九百八十夜 坂巻純子の「烏瓜の花」の句

 烏瓜の花をじっくりと観ることができたのは、茨城県取手市に移転してからのことである。車ですこし北上すると、牛久沼があり、沼の周りを車で走ると、沼を見下ろす高台に小川芋銭居がある。「ホトトギス」主宰である高浜虚子の最晩年の弟子であった深見けん二の結社「花鳥来」で学んでいた私は、ある時、小川芋銭のことを書く機会を与えられた。
 小川芋銭を調べてゆくと、初期の「ホトトギス」の表紙の河童の絵は芋銭が描いたものであることを知った。
 
 うれしくなった私は、仕事の合間に、母と一代目の黒ラブ・オペラを車に乗せて、牛久沼に通った。ある夕暮れ時に立ち寄った時のこと、白い泡のような花が咲きかかっていた。野草の本で見たことのある「カラスウリの花」である。
 見ていると、まさに花弁の縁からレースのもつれを解いているところであった。15分ほどで開ききり、櫛でとかしたような完璧な花の姿となった。沼の夕べの輝きはすっかり失せ、芋銭の「雲魚亭(うんぎょてい)」にカラスウリの花の仄白さだけが残っていた。
 その後、何人かの俳句仲間を案内したことがあった。

 今宵は、「カラスウリの花」「カラスウリ」の作品を見てみよう。 


  縫ひのこす糸ほど烏瓜の花  坂巻純子 『蝸牛 新歳時記』
 (ぬいのこす いとほど からすうりのはな) さかまき・じゅんこ
 
 『寺田寅彦随筆集』の「からすうりの花と蛾」を読んだ私は、いつしか「烏瓜の花」を絶対に見たいと願うようになっていた。俳句の仲間を牛久沼を案内したときだ。この沼の高台にある小川芋銭居の入口で夕暮れを待った。
 とうとう、レースのような烏瓜の花に出会うことができた。
 
 寺田寅彦の随筆から「カラスウリの花」の一部を紹介してみる。
 「毎日おびただしい花が咲いては落ちる。この花は昼間はみんなつぼんでいる。それが小さな、かわいらしい、夏夜の妖精フェアリーの握りこぶしとでもいった格好をしている。夕方太陽が没してもまだ空のあかりが強い間はこのこぶしは堅くしっかりと握りしめられているが、ちょっと目を放していてやや薄暗くなりかけたころに見ると、もうすべての花は一ぺんに開ききっているのである。スウィッチを入れると数十の電燈が一度にともると同じように、この植物のどこかに不思議なスウィッチがあって、それが光のかげんで自働的に作用して一度に花を開かせるのではないかと思われるようである。」


  烏瓜下げて夕日を帰りけり  原田桂子 『細密画で楽しむ 里山の草花100』中経文庫
 (からすうり さげてゆうひを かえりけり) はらだ・けいこ

 原田桂子さんの作品の「烏瓜下げて」の描写は、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』のイントロを思い出させてくれる。久しぶりに書棚から文庫本をひっぱり出した。

 主人公のジョバンニは、ケンタウルの祭りの晩に、友だちのカムパネルラと一緒に、烏瓜のカンテラを下げて、祭りの場に駆けつけるうちに、いつの間にか「銀河鉄道」に乗っていたのでした。車掌さんに切符ではなく紙切れを見せると、車掌さんは、その紙切れを待ち兼ねたというように急いでのぞきこみました。ジョバンニも全く早く見たかったのです。ところがそれはいちめん黒い唐草からくさのような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したものでだまって見ていると何だかその中へ吸い込こまれてしまうような気がするのでした。すると鳥捕りが横からちらっとそれを見てあわてたように云いました。
 「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈でさあ、あなた方大したもんですね。」

 桂子さんの作品の情景は、帰りがけを詠んだものである。吟行で、或いは山荘で子どもたちと一緒に過ごした中で摘んだ烏瓜は真っ赤で、おそらく夕日の赤さと同じほどであったに違いない。