横綱稀勢の里―牛久市での優勝パレード

 2017年1月、牛久市出身の稀勢の里が初場所で念願の初優勝を成し遂げ、念願の横綱昇進が決まった。翌月の2月18日(土曜日)に横綱パレードが行われると茨城県の新聞もニュースでも大々的に報道していた。普段は、混雑する場所は極力避ける私だが、茨城県に越してきたからには、初の地元出身の横綱を見ておきたいと思った。午前中の所用を済ませてから車で行くと大渋滞にはまる。取手駅から常磐線で出かけた。
 牛久駅はもの凄い混雑だ。押し流されるようにして進むと、丁度パレードのスタート地点であった。横綱稀勢の里はオープンカーに銅像のように立っていた。そこへ、後ろから前に出ようとする人たちがぐいぐい押してくる。折り畳みのスタンドを持参した人と後ろの人たちが喧嘩を始めている。蚊の泣くような声で「見たいなあ」と言っている老女の声がする。可哀想だなと思うがどうにもできない。すると、老女の脇にいたらしい中年の男性の「おばあちゃん、冥土の土産に抱き上げて横綱を見せてあげようか」という声がした。さらに、「でもな、おばあちゃんの身体を触ることになるが、いいかい」と聞いている。きっと老女はこっくりと頷いたのであろう。
 私は、ここでやっと抱き上げられた老女の顔を見ることができた。小ちゃなおばあちゃんだった。
 その瞬間、オープンカーは動き出した。稀勢の里はずっと前を向いたきりだ。おでこの出た稀勢の里の横顔の、色白の頬が紅潮していた。目を合わすことはなかったと思われるが、おばあちゃんは横綱の晴れ姿をしっかり胸に留めただろう。腕から降りたおばあちゃんも、男性も、たちまち混雑に紛れてしまった。
 私は中年の男性の優しさと老女へのエチケットが素敵だなと感動した。
 このエピソードを稀勢の里に知らせたいと考えたが、俳人の私は、二人の感動の場面がどうにも17文字に収まらないままに、チャンスを逸してしまった。
 
 今2019年9月、大相撲秋場所の最中である。解説を聞いていると怪我とか引退とか必ず話題になる。ラッキーにも快復する怪我もあり、遂には引退になる怪我もある。そう言えば、横綱稀勢の里の引退は2年前の秋場所後であった。
 稀勢の里のことを思いながら当時のラフスケッチの俳句を見直している。
 ちなみに師の選では、◎印と◯印を頂いたのは3つほどであった。老女と中年の男性の句は、もう少し考えようか諦めようか。

2/18  稀勢の里

  牛久駅
白梅や横綱パレード見にゆかな
竜天に登り横綱稀勢の里
横綱の髷おほぞらへ風光る
横綱の視線を待つや東風の街

  男性に抱えられた老女
東風の町ばあちやん高い高いされ
婆ちゃんの仰げる髷に春日かな
婆ちやんの仰ぐ横綱春の雲
仰ぎたる横綱の背や春の雲

  抱き上げたのは春風として詠んでみる
春風のつと抱きあげし老婆かな
春風や婆ちやん不意に抱へられ
髷仰ぐ春日のなかの老婦人
横綱を仰ぐ老婆や東風の街

  牛久市役所へ
梅東風やいざパレードの出発す
大仏の眼下や春もパレードも
パレードや牛久の街の百千鳥