第四百四十夜 大屋達治の「猫の夜会」の句

 大屋達治氏の作品は、偶然だが猫の句を選んだ。大の猫好きの友人に、『猫の遺言状』『野良猫ムーチョ』などベストセラーの著書をもつヒロコ・ムトーさんがいて、猫の性格は、わが家の犬とは違って複雑で愉快そうなので、何冊か猫の本も揃えてある。
 その中の柳瀬尚紀の『猫文学大全』は、河出書房新社版の文庫本だが、世界中の愉快な猫の短編集で、しかも贅沢なほど猫を絵画やイラストが散りばめられている。
 猫の特色を、短く項目仕立てにしたウィリアム・サーモンの「矮小なる獅子、或は猫」のⅤを紹介してみよう。
 
 Ⅴ 猫は几帳面にして清潔なる獣なり。屡々(しばしば)全身を舐め、常に毛並を整へて清潔を保ち、両前足にて顔面を拭ふ。最高は美的且つ大なる種にして、絶妙なる波紋絹(タピイ)の色合、これをキユプロス猫と称す。通常、繁殖を冬期に行なひ、すさまじき喧騒なり。五十六日即ち八週間妊娠したる後、二、三、四、五、六匹、或はそれ以上の子を一度に出産す。排泄物を隠蔽し、棲み馴れたる所に居着くことを好む。
 
 今宵は、大屋達治氏の「猫」の作品を紹介させていただこう。

  寒月や猫の夜会の港町  『寛海』
 (かんげつや ねこのやかいの みなとまち) 

 「猫の夜会」から、何匹かの猫が集まっている情景を思った。「猫の恋」がすぐに浮かんだが春の季語だ。
 50年ほど昔、長崎市で3年間ほど暮らしたことがあったが、夜な夜な、塀の上や、時には窓の手すりを歩きながら、あの凄まじい鳴き声を立てるのには眠れなくなって閉口した。
 長崎市から南へゆくと野母岬半島の港町があって、友人が住んでいた。家々のある所は道幅が狭かったように覚えている。
 こんな風に思い出してゆくと、作品の背景がすこし見えてきた。

 「猫の夜会」は洒落た表現ではあるが、ここは、雌猫と雄猫たちの交尾の相手が決まるまでの、賑やかな応酬の場面にちがいない。「ギャーオ、ギャーオ、ギャアーオウー」と、発情期特有の甲高い声、狂気の鳴き声がずっと響きわたってゆく。港町の狭い路地を、猫たちは、追えば逃げ、逃げれば追いかける。その光景をさらに追うように夜空に輝いているのが、煌々とした鋭い光を放つ寒月でしたよ、という句意になろうか。【寒月・冬】
 
 やはり「猫の恋」の情景であった。実際には、冬から春にかけて、猫は交尾期にあるということで、俳句では春の季語になったという。
 『猫文学大全』のウィリアム・サーモンの文章の「通常、繁殖を冬期に行なひ、すさまじき喧騒なり。」は、まさにその通りであった。

 大屋達治(おおや・たつはる)は、昭和27年(1952)、兵庫県生まれ。東大卒。東大俳句会で山口青邨に師事。また高柳重信にも師事する。1981年、「豈」同人。1990年、有馬朗人の「天為」創刊に参加、編集長を務め、2001年より無鑑査同人。1999年、『寛海』で第23回俳人協会新人賞受賞。句集に『龍宮』『寛海』『江上』など。