第百九十四夜 中島 隆の「康成忌」の句

 中嶋隆さんとは、ある時期、石寒太主宰の「炎環」でご一緒していた方である。人生の大先輩であるが、同人同期ということから、どこか同級生の気持でつき合わせていただいている部分があった。句会へはいつも、美しく静かな奥様とお二人でのご出席であった。

 平成11年刊行の第一句集『覇王樹』から、私の好きな句、中嶋隆さんの特徴と思われる句を紹介させて頂こう。

  志野焼の紅のあやふき康成忌
 
 季語は「康成忌」。川端康成は昭和47年4月16日没である。この日康成忌であることに気づいた隆さんは、紅志野の茶碗を出してお茶を淹れ、川端康成の『雪国』『古都』『眠れる美女』などの作品に思いを馳せたのであろう。
 志野焼は長石釉を厚くかけて焼いたもので、普通は白っぽい作品であるが、釉薬に鉄を入れると灰色を帯びた「鼠志野」となり、生地に鉄を入れて長石釉を掛けると「紅志野」になるのだと、友人の陶芸家に教わった。

 ある個展で茶碗の紅志野に出逢ったことがある。「紅」といっても柔らかい桃色でほんわりとした風合いであった。この「紅志野」のほのかな色合いを、作者は「あやうき」と表現した。川端康成の作品に感じられる「艶」な「危うさ」なのである。 「紅のあやうき」という措辞からは、紅志野の色合いによる川端作品の艶な風合いがうまく醸し出された。
 
  ひるがほや名前忘れし人とをり
  
 この作品も、一つの人間の姿である。たとえば、過日の句会で名前を聞いていたのに今日はどうにもその人の名前が思い出せない。その方と隣り合わせてしまって、なんでもない風に話を続ける。その内に名前が浮かんで来ることを願っているが、一向に名前の浮かばないままに時間は流れてゆく。
 私にも、こうした経験はある・・・。
 だが、名前を聞くこともなく、にこやかに話を続けているのは、やはり隆さんらしい。昼顔は、どこにでも咲き上る蔓性の花でああり、「ひるがお」の季題が、この何気ない時間の流れをうまく助けてくれている。

  戦列を離れし蟻へ声掛けず
  
 隆さんの大きな肩書の仕事人間の顔がちらりと見えてくる作品である。「戦列を離れし蟻」に声を掛けるのも「情」であるなら、声を掛けずに置くのも、もっと大きな「情」なのかもしれない。

 中嶋隆さんの文学仲間でもある、詩人・辻井喬氏が帯文を書いている。一部を引用させていただく。
 「ここには暖かい眼差しに支えられた写生の妙がある。仕事のなかで撓められ、胸中に蔵われていた男の生活感の発露がある。それはたけだけしいのではない。健気で優しいのである。海外の体験を詠んでこの句集のように、流れるような自然の境地を示し得ているのは、衒いがなく、思想的に深い中嶋隆氏にとって、それが日常になっているからだろう。」

 中嶋隆(なかじま・たかし)は、昭和2年(1927)、福岡県生まれ。俳号は隆(りゅう)。昭和27年、麹町句会で富安風生に俳句の手ほどきを受ける。昭和32年、北海道釧路を中心に同好会活動。その後暫く、作句中断。平成3年、「炎環」入会。石寒太主宰に師事、再出発。平成8年、「炎環」同人。「柊の会」「水阿和会」会員。平成9年、鹿島・設計担当副社長、鹿島学術振興財団専務理事など歴任。