第二百十七夜 秋山トシ子の「チューリップ」の句

 秋山トシ子さんは、平成3年、深見けん二先生が創刊主宰された俳誌「花鳥来」に参加して以来の句友である。お互いに、「花鳥来」役員をしていたこともあって、先生を囲んでの会合でもよくお会いしていた。穏やかなお人柄は会員の皆から慕われている。
 平成9年には、句集『あぢさゐ』を蝸牛社から刊行させて頂いた。

 今宵は、『あぢさゐ』の作品と、本日届いたばかりの「花鳥来」掲載の百句集「土気(とうけ)春秋」から作品を紹介してみよう。
 
  チューリップ一つに写生の子が二人 『あぢさゐ』

 作品は、ご一緒した吟行の旧古河庭園での句。この庭園は段々になった見事な薔薇園がひろがっているが、入口近くにチューリップの一角がある。幼稚園生らしき子が二人、チューリップの前にしゃがみ込んで、スケッチブックを広げていた。あの光景ではないかと思っている。
 過不足のない言葉運び、子どもの好きなチューリップ、その中の一つの花を、なかよしの二人が違う角度から描いている。なんと子どもらしい景であろうか。
 トシ子さんの感性が瞬間に詠み止めた景であった。そのままかもしれないと思わせる景を切り取り、一句に仕上げることは、じつは、大変な力量を要する。
 
  眼が色を覚えつぎつぎ蕗の薹  百句集「土気春秋」

 蕗の薹、土筆を摘みに行くと、初めはなかなか見つけられない。そのうち慣れてくると、今度は次々に見つかる。トシ子さんの、この作品に出合ってハッと気づいた。
 「そうなんだ、自覚はしていなかったが、眼が色を覚えてくれて、そのデータが脳に送られてくるから、私たちは蕗の薹を見つけることができるのだ!」
 吟行で、俳句を詠もうとして、写生の技を磨いても、それだけでは瞬間的に生理学的な発想はできるものではない。17文字の俳句だけれど、俳人である私たちは様々なことを学んでおくことが大事ですよ、とはけん二先生の教えだ。
 
  銀河濃し花鳥来てふ星座また 百句集「土気春秋」

 秋の夜、晴れわたった空に銀河が見えることがある。引っ越された千葉県の土気町は、すこし坂道を登って行くとお聞きしたことがある。〈銀座の灯見てきて土気の冬の星〉の作があるが、星々の美しい地なのであろう。
 天の一所に「花鳥来」という星座があると見たトシ子さん。とすると、私たち会員の一人一人も、その星座の一つ星とならなくてはと思う。

  灯火親し集成俳句みな親し 百句集「土気春秋」

 中七の「集成俳句」は、平成28年刊行の『深見けん二俳句集成』のことで、これまでの句集、第8句集『菫濃く』以降の作品も収められている。
 トシ子さんは、吟行句会を休むことなく出席されているし、俳誌「花鳥来」、個人誌「珊」の作品もじっくり読んでいるからこその、下五の「みな親し」である。季題「灯火親し」は、秋の夜の灯火のことで読書にもっとも相応しい。こうして日々、師の俳句に向かい、師のどの句とも親しいのである。

 秋山トシ子(あきやま・としこ)は、昭和14年、東京生まれ。昭和53年、深見けん二先生に師事。昭和55年、山口青邨主宰の「夏草」会員。昭和61年、斎藤夏風主宰の「屋根」会員、平成7年、「屋根」同人。平成3年、深見けん二主宰の「花鳥来」会員。俳人協会会員。句集『あぢさゐ』蝸牛社刊。