第二百二十八夜 緒方 輝の「夏雲」の句

 緒方輝(おがた・てる)さんは、石寒太主宰「炎環」の小句会の一つの「石神井句会」で、6年ほどご一緒させて頂いた方である。私たちより、すこしご年配だったように記憶している。穏やかな方で、熱心な方で、いつも句会ではよい作品を出されていた。
 先日ふっとネットで、「21世紀ケロリン俳句大賞」の優秀賞を受賞された緒方輝さんの作品に出合った。
 
 今宵は、緒方輝さんの作品を紹介させていただこう。

  一歩前に出て夏雲へ征つたきり 「21世紀ケロリン俳句大賞」 

 平成16(2004)年、輝さんは第五回「21世紀ケロリン俳句大賞」において優秀賞を受賞された。「ケロリン」は、スポンサーの製薬会社の薬品名である。
 選者の高橋睦郎氏の選評に、「くすりはいのちのために、いのちは輝くためにある。そして、俳句はいのちを見つめ、讃える詩だ。この思いから出発した21世紀俳句大賞も今回で第五回。」とあった。
 「一歩前に」とは、かつての軍事教練の掛け声である。輝さんの知人なのか家族なのか、この掛け声に従って一歩前に出て、そのまま夏雲の立つ彼方に出征してしまった人がいた。
 「征つたきり」であるから、その人はそれっきり帰って来なかったのだ。戦争というのは無常であり、いのちは儚い。
 戦争を、一少年として見聞きしてきた緒方輝さんらしい作品であると思った。

  八月の地球に二つ爆心地 俳誌「炎環」

 この作品も第二次世界大戦の終末の出来事であり、原子爆弾が落とされたのは2箇所であり、その爆心地は日本の、広島と長崎の地であった。
 「八月の地球に二つ」の措辞は明快で、「八月」「地球」「二つ」の文字はまさに必要不可欠な三つの言葉である。「地球」と詠み込んだことによって、私たちは、地球で初めて一国の地上に落とされて、軍人ではない老若男女の普通の人々が「原子爆弾」に焼き殺されたという、怖ろしい事実に愕然とする。

  夕焼けて大東京に塵と老ゆ 『秀句三五〇選 老』

 『秀句三五〇選 老』の作品の編著者の鑑賞は、「炎環」会員である緒方輝さんのお人柄を熟知している石寒太氏らしいものであった。
 「九州から東京に出てきて、すっかり東京の人になりきってしまったような気がする。(略)甘い人生ではなかった。老いてしまった自分には、若さも失せて塵のようにみじめである。「夕焼けて」の背景、大東京のスケール、その中に「塵」のごとき自分を見た。」と、鑑賞している。
 
 私は、戦中戦後を見つめつづけた緒方輝さんが、一日の終りにご褒美のように輝く夕焼けという黄昏によってエールを受けている姿にも見えてくる。

 プロフィールは詳しくは知らないが、石神井句会の二次会は、いつも石神井公園を一周してから茶店に立ち寄っていた。樹木に詳しくてぶらぶら歩きながら教えて頂いたが、そうした中で農林省に勤務されていたことをお聞きしたことがあった。