第二百四十一夜 岡井省二の「土用」の句

 平成5年、岡井省二氏は、新刊の第8句集となる『猩々』をお贈りくださった。表紙は能面の「猩々」、能の「猩猩」で付ける面で、童子の面を赤く彩色したもの。今から30年も昔の頃である。真赤な能面の表紙は強烈な印象として覚えているが、言葉は平明なのに難しい作品であると感じた。
 もしかしたら、理屈で解釈しようとせずに、ふわっと受け止めてもいいのかもしれないと今は思う。
 
 今宵は、岡井省二の作品に初めて胸を借りてみよう。

  呟くに人が応へて土用なり 『明野』
  
 一人でぶらっと入ってきた居酒屋のカウンター。誰かと待ち合わせしてる風もなく、ゆっくりと酒を呑んでいる。ひょっと呟いた。すると隣の人が「土用ですよ」と言うではないか。「今日は何の日だったかな」と、どうやら独り言を呟いたらしい。
 呟きに応えてくれた人がいたのだ。
 此処から先は、『自註俳句シリーズ 岡井省二集』で偶然見つけたのだが、自註には、「るりの盃ややあつて差す」という脇句が付けてあった。おかげで、読者としては結末を想像することができた。作者は、るり色の盃を、だまって隣の男に差し出したのだ。
 一年で最も暑い土用の夕であった。

  たとへなきへだたりに鹿夏に入る 『山色』

 奥吉野まで東京から車で行ったときのこと。花に導かれるように奥へ奥へと走って、途中からがたがた道に紛れ込んだ。道に迷ったらしい。
 その折、一頭の鹿と出合った。一瞬のことであったが、鹿の眸と見合った。まっすぐな眸は疑うことを知らない美しい眸であった。「たとへなきへだたり」とは、どちらかが動けば忽ち失われる距離である。
 この作品は、鹿との一瞬の対峙であったことで、「夏に入る」の季語の本意のごとく、きっぱりと今日から緑したたる立夏となった。

  大鯉のぎいと廻りぬ秋の昼 『山色』

 鯉の寿命は、どれくらいだろうと調べてみると、ギネスブックに岐阜の花子という鯉が226歳で、世界で最長だったそうである。鯉の平均寿命は50年ほどだという。
 この作品の鯉も、さぞ立派な名園の池で飼われているのであろう。近づくと、大きな鯉が、地底から現れたというに相応しく、ゆったりと身を翻して水面に浮き上がった。そのとき、大鯉はぎいと音を立てて身を廻らせたように作者は感じた。
 過日私は、四谷ホテルニューオータニの17階のビュッフェから窓越しに庭園の池を眺めたが、見事な緋鯉が尾を翻していた。

  われの手のみづかきもまた椿のくに 『槐庵俳語集-俳句真髄』

 同じく冬に咲く、山茶花と椿の違いに気づいたのは、落花を見てからであった。山茶花は花びらの一つ一つがばらばらに散るのに、椿は花の形のままの上向きである。椿は花弁が個々に散るのではなく萼と雌しべだけを木に残して散る。手のひらの指には水掻きがあるように繋がっているが、椿の花弁もまた繋がっている。
 下五の「椿のくに」は、みづかきを持つ人の手もまた「椿の国」に住む人であると、そう考えていいのだろうか。

 岡井省二(おかい・しょうじ)は、大正14年(1925)- 平成13年(2001)、三重県度会郡生まれ。大阪大学医学部卒業。内科医のかたわら句作をはじめ、加藤楸邨および森澄雄に師事。昭和43年、「寒雷」に入会、昭和45年、「杉」創刊に参加。翌年、第1回杉賞を受賞。平成3年、「槐」を創刊主宰。昭和59年、大峯あきら、宇佐美魚目とともに「晨」を創刊。