第一夜 高浜虚子の「秋の空」の句

 句日記があり作品には日付が付してある高浜虚子の句から、私の誕生日の十一月十日の作品を選んだ。虚子の『五句集』(岩波書店刊)の中の二冊目の句集『五百五十句』にこの日付があり、次の二句が並んでいる。
 
 そして今日、十月二十二の即位式に行われる筈であったが、台風19号などの被災者に配慮して延期されていた祝賀パレードが行われる日である。見事な晴天を賜り、驚くほど、この作品の鑑賞に相応しい日となった。

  秋天に赤き筋ある如くなり
  秋空や玉のごとくに揺曳す

   昭和十二年
   十一月十日。銀座探勝会。松屋裏尼寺。

 季題は「秋の空」。虚子編『新歳時記』には「一年の空を眺めて、秋の空が一番季節の感じが強い。開豁な秋の空、澄み渡つた秋の空、昆虫の高く飛んでゐる秋の空、秋風渡る秋の空、大地に人の動いてゐる秋の空、そういふ秋の空である。」とある。
 
 この日は「銀座探勝会」。ホトトギスの中で銀座に住む人、銀座で働く人が主の句会で、虚子は毎回、娘の立子や次男の友次郎を連れて参加する。句会の前にそれぞれが銀座界隈を吟行してから集う会場は、松屋裏尼寺とあるが、調べがつかなかった。現在も尼寺はあるのだろうか、どうもないような気がしている。合同句集『銀座探勝』(昭和十三年十月一日刊行)には、下田実花が次のように書いていたので、一部を引用させていただく。
「銀座に尼寺があると云へば、どなたもびつくりなさるでせう。しかも銀座でも一番繁華な松屋のすぐ裏にあるのです。
 尼寺といはれてもそんな感じのしない家で、本堂?(ママ)の襖をあけると、どうやらお線香のにほひがして来ます。句会ごとに尼さんがお灯りを上げてくださるのですが今日はお女中さんが灯しておりました。
 句会の人達はまだ寄らず、まづ阿弥陀様に入選率の多いことを祈つて席に着きますと、銀座裏とは思へない雰囲気が私をつつんでくれます。」

 一句目の句意は、「澄みわたった秋の空には、どことなく赤味がかった筋が刷かれているように思われますよ。」となろうか。じっと眺めている虚子は、深い青空に赤味がかった筋があることに気づいた。絵を描く場合、たとえば、青い魚を描く時には緑色とか黄色を部分的に使うと青が映えるという。べた塗りでは青がうまく引き立たないのである。万緑を描く時は、少し青色を足すとよいという。お洒落する場合も、ポイントカラーの差し色は大事だという。
 「赤き筋ある」は、夕方の景のように思うが、やはり一捌け赤い筋が刷かれていると、秋天に明るさが生まれ、におやかで、より美しく感じる。

 二句目は、どういう空なのか浮かんでこなかったので、真っ青な秋天をじっと眺めている気持ちになってみた。雲があれば空の動きははっきり見えるが、空というのは、ともかく一時も一瞬もじっとはしていない。
 句意は「なんと澄みきった空であろう。つややかな青い宝玉のようにゆらめいています。」となろうか。
 想像しているうちに、磨かれた玉の表面のような秋天も、太陽光線の関係なのか微妙に変化していることに気づいた。それが「揺曳す」という描写の言葉になったのであろう。
 
 昭和十三年作の、有名な句〈旗のごとなびく冬日をふと見たり〉を思い出した。それは、冬日を存問している虚子に、「冬日が大きな旗のごとく広がって天の一角にたなびいた。」というのだ。それは冬日の見せた示現であり、人間に対する荘厳な回答であった。
 じっと眺め入っていると、ときに、大自然は不思議を見せてくれることがある。