第二百七十四夜 安原 葉の「露の生死海」の句

 平成26年7月10日発行、安原葉の第3句集『生死海』を戴いていた。お名前と真宗大谷派紫雲山安浄寺のご住職であることは存じ上げていたが、作品は詳しくは存じてはいなかった。まず、帯に書かれている、親鸞の言葉の引用であるというタイトル『生死海』が気になった。
 
 今宵は、親鸞の言葉に導かれて詠んだ「生死海」の作品から紹介させていただく。
 
  思ひしらされたる露の生死海 
  
 「前(さき)に生れんものは後(のち)を導き、後に生れんひとは前を訪(とぶら)え、連続無窮(むきゅう)にして、願わくは休止(くし)せざらしめんと欲す。無辺の生死海を尽(つ)くさんがためのゆえなり」
 この言葉は、道綽禅師の『安楽集』のご文を、親鸞聖人が『教行信証』に引用されたものであるという。
 
 「生死海」というのは仏語で、生死流転(るてん)の迷いの境界を海にたとえていう語。生死流転を繰り返す迷界。生死の大海。生死の苦海(くがい)。
 とても難しいようであるが、筆者の私も、75年生きていると、人生は思うようにはいかないものであることが少しずつわかってくる。
 
 掲句は、作者の安原葉氏が、紫雲山安浄寺へ帰山(戻る)中、平成16年10月23日に起きたM 6・8の新潟県中越地震に出合ったのであった。18句収められていたが、ここは被災地の作品は5句とした。
 
  露寒の闇照らし来る救助の灯
  返り咲く椿も地震にちぎれとぶ
  被災地をさして百羽の鳥渡る
  思ひしらされたる露の生死海
  庭走る地震の地割れに入る落葉
    被災して二週間後、任地の京都に戻る 3句
  被災地の野宿の霜夜思ふだに
  被災地もこの小春日のつづきしや
  被災地も照らしをるらむ冬の月

 当時のことを思い返してみると、テレビで画面でも、建物の中は揺れが怖いので車中泊をする人が多かったという。被災した安原氏はこの地から動けずに2週間過ごした。
 人や住居だけでなく、安原葉氏の俳句で培ったモノを見抜く目で、大自然を詠んでいる。春になればもしかしたら人間よりも早く草が芽生え、葉は芽吹きだすことだろう。
 
 京都の寺に帰山中に被災した安原氏は、地震の地を立ち去ることができるが、住民はそうはいかない。そのことを思うと、残された住民たちはどうしているかと心が痛む。
 花鳥諷詠の俳人安原葉は、「この小春日のつづきしや」、「照らしをるらむ冬の月」という風に、季題に心を託して詠んだ。
 
 吉野くつろぎの会に参加しての、桜の句にも惹かれたが、今宵は「生死海」に絞って紹介させていただいた。

 安原葉(やすはら・よう)は、昭和7年(1932)、新潟県生まれ。昭和27年、「ホトトギス」「玉藻」に投句、高浜虚子、星野立子に師事。昭和30年、真宗大谷派紫雲山安浄寺住職。昭和54年「松の花」主宰。句集は『雪解風』『月の門』。