第二百八十六夜 赤松蕙子の「蟋蟀」の句

 夜の犬の散歩に出ると、虫の音が日に日に賑やかになっている。「蟋蟀」の句を探したとき、蝸牛社の『秀句三五〇選21 虫』の中の赤松蕙子の作品と出合った。
 
 今宵は、赤松蕙子の俳句を紹介させていただく。

  蟋蟀をこはさず咥へくる子猫 『白亳(はくごう)』

 猫は飼ったことはないが、犬は生まれて一と月くらいの子犬から飼い始めて、黒ラブは2頭目になる。フードばかりなので、小さい頃は、何が食べられるか食べられないか、食べると飼主のママに叱られるか叱られないかを一つ一つ口に入れて確かめていた。
 この子猫も、目の前に来たコオロギを口に咥えてみた。「こはさず」から、これは何だろう、動くものだけど、食べていいのかな、と思案中であり、「咥へくる」から、飼主にまず見せにきたことが伝わる。
 いずれは、猫にとっては虫は食べられる獲物になるのだが、家で飼われている子猫ゆえの可愛らしさが出ている。

  梅雨あけの雷とどろけば胎動も 『子菩薩』

 遠い昔で忘れたが、確か、6ヶ月目くらいから胎動は始まっていた。まず腹部が緊張したように張ってきて、その後に動きだす。そのうちに、母親の方も慣れて、お腹を撫でながら話しかけると、返事をしてくれているようにグルっと動く。
 お腹の赤ちゃん、雷は、これまで聞いたことのない、轟くような音なのだから、さぞびっくりしただろう。
 
  夫恋の爪立ちに吊り走馬灯 『月幽』

 赤松蕙子は、結婚して山口県徳応寺へ嫁ぎ、坊守さんとなった。この寺は与謝野鉄幹との縁のある寺で、一時鉄幹が身を寄せていた時期もあったという。
 掲句の夫は、徳応寺の住職で妻の蕙子より先に亡くなっている。お盆や命日には走馬灯を吊るして亡夫を偲んでいる。「爪立ち」から、夫の生前には小柄であった蕙子の、爪立って立ち働いている姿が見えてきた。

  大寒の水切つてゐる星一つ  赤松惠子 「俳句」平成20年

 大寒の、特別きらきら輝く星は、空気が乾いていているからであることが、「水切つてゐる」の措辞によって納得できた。

 赤松蕙子(あかまつ・けいこ)は、昭和6年(1931)-平成24年(2012)、広島県大柿町(現江田島市)生まれ。広島県広島有朋高等学校卒業。昭和22年、俳誌「雪解」に入会、皆吉爽雨に師事。昭和28年、山口県徳応寺に嫁ぐ。〈鶴啼いて月に一滴づつの金〉〈眠りみなこの世にさめて櫻どき〉など、宗教性を持ちつつ着想に富む句風と言われている。1975年、『白亳』により第15回俳人協会賞受賞。1994年、山口県選奨(芸術文化功労)受賞。 
 句集に『子菩薩』『白亳』『天衣』『散華』『月幽』『海戀』『佩香(はいこう)』、俳人協会の「自註現代俳句シリーズ」に『赤松蕙子集』がある。