第十八夜 飴山實の「時雨」の句

  うつくしきあぎととあへり能登時雨  飴山 實
 
 大学時代、教授を軸にしたグループの旅行で、石川県の東尋坊へ出かけたことがあった。卒業後、再びそのメンバーが集まって金沢、東尋坊、三国の旅に行った。残念なことに能登半島までは行かなかったが、季節は十月末で、このとき私たちは初時雨に出会った。北陸の旅路での雨はうすら寒く、まさに松尾芭蕉の言う「降りみ降らずみ定めなき」のようであったことを思い出す。「時雨」は、晩秋から初冬にしとしとと降る雨を言うのであるが、別に「秋時雨」の季題もある。
 
 掲句は飴山實(あめやま みのる)の代表句のひとつである。
 句意は次のようであろう。
「時雨の降っている能登の町で、女人とすれ違いました。差している雨傘の下からふと見えたのは顎の引き締まった美しい女人でしたよ。」

 「うつくしきあぎととあへり」までを平仮名書きにしたことで、まず「顎」を古語の「あぎと」として北陸の女人の美しさを顎の形だけに焦点を絞って描写した。そして、しとしとと降るしずかな雨脚の見える時雨であることも表現できた。さらに、平仮名の十二文字のすべてが、造語である「能登時雨」に掛かっていることから、最高の形で、下五の「能登時雨」を引き立てる役割を果たすことができたのではないだろうか。

 飴山實は、石川県小松市の生まれ。戦後、沢木欣一主宰の「風」に参加して、社会性俳句の影響を受けたが、芝不器男の俳句に出会って開眼する。不器男俳句の研究者として實は、『定本芝不器男句集』『蝸牛俳句文庫15 芝不器男』などの編著書を刊行している。
 その中で實俳句は、古格を重んじ、季語を生かした俳意の確かな句を目指した。
 次の句も實の代表句である。
 
  柚子風呂に妻をりて音小止みなし
 
 妻の入っている風呂場から、なにやら水音が小止みなく聞こえてくる。身体を洗っている音であろうか、いやいつもの音とは違うようだ。今日は冬至だから柚子風呂にしていた。妻は童子に返ったかのように、きっと湯船に浮いている柚子の実をチャポンチャポンと音をたてて湯水と戯れているのだろう。