第三百四十三夜 八木林之助の「夕若葉」の句

 角川『新版・俳句歳時記』の中の八木林之助の句に、「母を置きざり」の措辞を見つけた。母と息子は、母と娘よりもう少し複雑な関係である。娘よりずっと母恋の心は強く、その反面、近寄りたくない気持ちも強いというややこしさがある。
 石田波郷の「鶴」の作家であることは知っていた。
 
 今宵は、その八木林之助の作品を見てみよう。

  病院に母を置きざり夕若葉  角川『新版・俳句歳時記』

 病院の面会時間は、現在はコロナ禍で多くは面会禁止であるが、通常は、月曜から土曜までは午後2時から夜の7時か8時、日曜祭日は午前10時から夜の7時か8時であるという。
 2年前、私は右大腿骨骨折で手術とリハビリで2ヶ月入院したことがあった。娘は、こまごまと世話をし、話し相手にもなってくれたが、夫と息子は、私が無事に過ごしている顔を見たら、もう用事は済んだという様子で、落ち着きがなくなっている。まあ、内科でなく骨折だから寝たきりということもなく過ごしていたこともあるが、それにしても、5分もしないうちに帰っていった。面会用の部屋もあるし、廊下にはソファもある。長くおしゃべりをしているご夫婦もいる。
 「あらっ、ご主人はもうお帰りになったのですか?」と、看護婦さん。
 
 この作品を見て思い直した。わが夫も息子も、あっという間に病室を出てしまう。別に用は済んだけれど、置きざりにしてしまったなあ、もう少し側にいてあげればよかった。と、もしかしたら帰りの車のハンドルを握りながら、思ったかもしれない。
 作品は、下五に置かれた季語の「夕若葉」が代弁してくれている。夕日に輝いている若葉の茂りが、ちらちらした心の内を見せてくれていたのだ。【夕若葉・夏】

 林之助には〈翡翠に杭置去りにされにけり〉の作品もある。
 ここで置去りにされたのは一本の杭である。東京の石神井公園には、いつも翡翠が来て長いこと止まってゆく杭がある。大勢のバードウオッチャーがいて翡翠が来るのを待ち、去るまで眺めている。この杭に翡翠が止まってない時などは、たしかに、杭も置去りにされたと思うに違いない。
  
  柊挿す母を遁れて出しなり  『秀句三五〇選 母』蝸牛社
 (ひいらぎさす ははをのがれて いでしなり)

 「柊挿す」とは、節分の夜に魔除けのために、イワシの頭を付けたヒイラギの枝を門口に挿すことをいう。
 今年も、母はせっせと柊を門口に挿して、家族が無事に春を迎えられるよう準備をしている。男の子は手伝うこともせず、上手い言い訳もできず、この場を遁れるように母をすり抜けて出かけてしまった。
 小さい頃は、クリスマスもお正月も七夕も、母の側で一緒に準備をしていたのであろう。反抗期は、あるとき突然に訪れるようだ。その気持を隠すのが「遁れて」なのであろう。
 やがて子も父親になれば、母親に対する息子の行動が、特別のことでもなく悪いことでもないことが解ってあげられるお父さんになるのだと思う。【柊挿す・冬】

 八木林之助(やぎ・りんのすけ)は、大正10年(1921)-平成5年(1993)、東京生まれ。昭和28年、「鶴」に入会。石田波郷門。昭和33年、「鶴」同人。句集に『八木林之助第一句集』『青霞集』ほか。