第三百六十六夜 田中禮子の「マフラー」の句

 田中禮子さんは、光が丘NHKカルチャーセンターの深見けん二先生の俳句教室に私より3年後に入会された。1ヶ月後の教室で、「あなた、もしかして◯◯ミホさん・・?」と旧姓で訊かれた。
 驚いたことに、禮子さんは青山学院高等部時代の担任で国語の授業でも教えていただいていた田中昭雄先生の奥様であったのだ。私は無愛想な生徒だったが、卒業後もずっと年賀状は欠かさなかったから、ミホの名と住所から「もしや」と気づいてくださったのだ。
 俳句は心も生活もさらけ出して詠むので、私は、ちょっと照れくさかった。それ以来、深見けん二先生の「花鳥来」、斎藤夏風先生の「屋根」でもご一緒することになった。
 禮子さんは、じつに率直な言葉で魅力的な作品を作り続けていたが、もう数年前になるが、句会を全て退かれた。
 
 今宵は、平成17年に蝸牛社から出版した句集『綾書』から作品を紹介させて頂く。

  試合果つマフラー振る者肩組む者
  
 当時ラグビー部の顧問をしていらした田中先生は、学校の近くに住んでいらした。ラグビーの試合に勝った日は部員が押し寄せ、禮子さんは大食漢の若者たちの食事を作っていたという。ラグビーは強かったので、禮子さんも、勝ち進むとグランドへ応援に行くこともあったのだろう。【ラグビー・冬】
  
  煤掃きの古綾書を膝の上
 (すすはきの ふるあやがきの ひざのうえ)

 「綾書」とは、組紐を織るときの参考書であり設計図のようなものでもある。年末の掃除をしていたある日、一時期精魂を傾け組紐を教室で教えていたこともある大事な綾書が押入れから出てきた。部屋に座り込んで、膝の上で、懐かしくページを繰った。
 句集のタイトルはこの綾書からのもの。表紙は、芋版画作家の小町谷新子さんが、組紐の5種類を版画にしてくださった。【煤掃き・冬】

  正座してかしこくもらふお年玉

 この句集の、私の好きな句として「花鳥来」の1句随想に、掲句を書いたことがある。子どもは男の子二人、孫も男の子とお聞きしたように覚えている。正座している小さな男の子の姿の可愛さは格別だ。
 「かしこくもらふ」とは、お行儀がいい、目上の人に対する礼儀を小さいながら身につけている、そのような子であろう。田中先生ご夫妻の愛に、しっかり応えている仕草が何ともほっこりさせてくれる。【お年玉・新年】

  青大将出て町内の一大事

 この、蛇の青大将は東京練馬区町内でのできごとであろうか。かなり大きな蛇だから、蛇の中では大人しい種類だと、周りの者が説明してくれたとしても、誰もが怖がりもし、驚く。
 私は、茨城県南の守谷市に住んでいるが、ある朝の犬の散歩で、前方に1メートルほどの青大将がいるではないか。おとなしそうに見えたので、犬と一緒に静かに回れ右をした。心臓はパクパクであった。
 掲句の「町内の一大事」が上手いなあ、なんと短い言葉で、なんと大変なざわつく様子を詠み留めたことだろう。【青大将・夏】

 田中禮子(たなか・れいこ)は、昭和5年(1930)、福島県相馬市の生まれ。俳句は平成3年、光が丘NHK俳句教室にて深見けん二先生に師事。平成6年、深見けん二主宰「花鳥来」に入会、斎藤夏風主宰「屋根」に入会。句集『綾書』。