第三百六十八夜 鈴木鷹夫の「涼気」の句

 鈴木鷹夫氏は、蝸牛社の『秀句三五〇選 遊』の編著者としてお世話になっていた。お亡くなりになられ、奥様の鈴木節子様が結社「門」を継承されていることを知った。
 秀句三五〇選シリーズを眺めているとき、『友』に〈八方に友得て蓼の花ざかり〉の作品に出合った。立ち上げた主宰誌「門」の創刊号に載せた作品であるという。
 
 今宵は、鈴木鷹夫氏の作品を見てゆこう。

  白刃の中ゆく涼気一誌持つ  『自註現代俳句シリーズ鈴木鷹夫集』
 (はくじんの なかゆくりょうき いっしもつ)
 
 この作品は、平成元年に「門」を創刊した創刊号に載せた句である。「白刃」とは鞘から抜いた刀のことで、一誌を創刊することはまさに白刃の中をくぐり抜けてやり通す、身震いが起こるほどの覚悟をもって始めたことであろう。
 「白刃の中ゆく涼気」は、凛然とした気概を、自らに、会員たちに、俳句界へと進みゆく決意表明である。主宰として、よい作品を発表し続けること、多くの会員を指導すること、俳誌を毎月発行することは体力面でも経済面でも大変なことである。【涼気・夏】
 一誌持つということはそれほど大変なことなのであろう。

  春耕の人がゆつくり女なり  『秀句三五〇選 地』

 遠くで春の土を畑を耕している人がいる。地に屈み込むように働いているときはその人が男とも女とも考えもしなかったが、しばらくすると立ち上がった。こちらを向いたとき女性であることに気づいた。
 「ゆつくり」の4文字がすべてを解明しているのだ。この「ゆつくり」は副詞である。その人はゆっくり立ち上がった。考えもしなかったが、その人はゆっくりと「女性」になったのだ。
 一生懸命に畑仕事に夢中になっているとき、会社の事務であってもよいが、働いている人というのは女でも男でもなく一人の人間であると思う。「ゆっくり」の言葉がこれほどの深さをもって使われたことに、うれしい驚きを感じた。【春耕・春】

  1・妻一人子ふたりそして除夜の鐘  『季題別鈴木鷹夫句集』
  2・おぼろ夜の夫を経てくる生欠伸  『夏のゆくへ』鈴木節子

 この2句は、鈴木鷹夫と鈴木節子ご夫妻の作品である。
 1句目、「妻一人」「子ふたり」「そして除夜の鐘」の並べ方がとても自然で、除夜の鐘によってこの1年も又、家族一同つつがなく幸せに過ごした年であることがよく伝わってきた。
 2句目、妻であり俳人であり、夫の鷹夫氏が亡くなられた後の二代目の主宰である節子氏の句である。一日の仕事が終わって疲れてもいるであろう夫が生欠伸をしている光景。「おぼろ夜の夫を経てくる」とは、何ともユニークな表現だが、まさに春の朧夜の仕業。

 鈴木鷹夫(すずき・たかお、昭和3年(1928)- 平成25年(2013)、東京生まれ。妻は現主宰の鈴木節子。昭和24、石田波郷の「鶴」に入会。昭和36年「鶴」同人。波郷の没後、昭和46年、能村登四郎の「沖」に移り、昭和47年「沖」同人。平成元年「門」を創刊・主宰。平成17年『千年』により俳人協会賞受賞。他の句集に『渚通り』『風の祭』『春の門』『鈴木鷹夫句集』『カチカチ山』など、小説に『風騒の人 若き日の宝井其角』がある。編著書『秀句三五〇選 遊』蝸牛社。