第三百七十八夜 中村草田男の「冬の水」の句

 茨城県に越してきて、句会に出られず俳句の仲間とも会えない頃、毎日のように今思うと認知症になりかけていた母と先代の栗犬オペラを連れて、ほぼ毎日のようにドライブしていた。
 全国2位という米所は、一面の苅田。そこへ代わりばんこに群雀が降りてきては啄んでいる。田と田との間には小流れや小池のような水溜りがある。小春日の風のない日、覗き込むと岸辺の枯草が影を落としている。鏡に映っているようだった。
 中村草田男の作品が浮かんだ。

 今宵は、また草田男俳句を見てみよう。

  冬の水一枝の影も欺かず  『長子』
 (ふゆのみず いっしのかげも あざむかず)

 ホトトギスで、昭和5年から毎月1回づづ1日の吟行会を催し、昭和14年まで100回続けて武蔵野を探勝した。「武蔵野探勝会」である。
 「虚子は、日本が軍国への道を歩みつつあった時勢を、みじんだにくずすさずに、近代の思惟を豊富な学識と俳観をもって探勝の句作を指導し、いくつも名吟を残した。俳道の厳しい態度を、終始変えることなく、ホトトギス派の格調高い作品の選をした。(略)」と。『武蔵野探勝』について、として桜井正信が述べている。
 
 この句は、「武蔵野探勝会」で立川郊外の曹洞宗普済寺に吟行した時の作。
 句意は、この日の担当である草田男の書いた吟行記「禅寺の日向」から一部を転載させていただこう。
 「落葉深い崖の斜面の、路のないあたりを辿ってやっとで下の方へ降りて行った。見覚えのある水辺へ着くと、(略)微動もしない穏やかな冬の水が、深く足元に澱み湛えている。これが其の昔、立川氏の本拠だった頃の堀跡なのであろう。川原へ迄の平地と同水準にあるだけに、ここに居ると、上から俯瞰した時のように種々の物の姿が光らない。いかにも沈静だ。水辺の枝の細かな樹木が、其の儘の姿を水鏡の上に――故芥川龍之介愛用の言葉を借用すれば――瞭然と、切ないほど瞭然と映って居る。」
 
 「切ないほど瞭然と映って居る」とは、まさに疑いの余地のない、「一枝の影も欺かず」なのであろう。想像していたよりも更に暗さのある水鏡の景であった。

 句会で選をした虚子がこの句が披講された時、思わず唸っていた、と虚子の4女の高木晴子が伝えている。
 草田男は、ホトトギスの中では特異な作品を詠む作家として有名であるが、このような鋭い客観写生であり自然の誠実さを言葉「欺かず」と詠んだところが、草田男の広さであり深さである。【冬の水・冬】

 草田男はこの日、もう1句残している。普済寺の広間で昼食をした後、庭へ出た。
 
  夕空は澄みて大地は潤へり
  
 この作品の景を思わせる草田男の文章があるので、転載させていただこう。
 「黒々とした土地の面がきれいに掃除が行き届いている。地衣というか、地皮というか、霜のためにいたんだ薄苔が剥がれたようになっているところもあるが、其の下側からも、潤った黒土が、すぐ顔を出して、それが冬日の光を、いっしんに吸って居る。」
 【空澄む・秋】
 
 改めて、私が句意を考えていたものより遥かに深い、草田男の吟行記の文章に直接触れることができた。