寒卵二つ置きたり相寄らず 細見綾子『冬薔薇』
掲句の鑑賞を試みてみよう。
綾子はある朝、鶏小屋から持ってきた産みたての寒卵を二つテーブルの上に置いた。並べて置いてみた・・もう少し離してみようか。今度は二つを離して置いてみた。やっぱりグラグラしてバランスがよくない。次に、皿の上に二つの寒卵を割ってみた。黄身は盛り上がっていて崩れたり壊れたりしそうもない。勿論、黄身が相寄ることもない。それだけ寒卵は新鮮だということなのだ。
「寒卵」は、虚子編『新歳時記』には「寒中に生んだ鶏卵である。永く貯蔵に耐えへ最も滋養に富むといふ。寒中であるから割っても皿の中に黄身は小高く盛り上がつてゐて心持がよい。」とある。
不思議な句だと考えていたが、季題から見てやっと理解できた。皿の上に割られた二つの生卵の黄身は、相寄ることもなく、凛とした姿を見せている。
この「相寄らず」から、自分と他者(人でも物でも)など相互の距離感というものを考えてみると、夫婦でも、友達でも、親子だって、時には身にまとわりつくものから、離れてみたくなる時があるものだ。互いにとって良い距離感を一瞬一瞬、人は意識下で塩梅しながら生きているのかもしれない。
さて、この解釈で果たしてよいのか不安も残るが、一つの考えに辿り着くことができた。
細見綾子(ほそみあやこ)は、明治四十(1907)年兵庫県の生まれ。終戦後、昭和二十一年に沢木欣一は「風」を創刊主宰する。この金沢という地方にあって、俳誌「風」には、金子兜太、森澄雄、鈴木六林男、佐藤鬼房など若い俳人たちが大勢あつまり、社会性俳句の拠点としてエネルギーのみちみちた結社で、綾子氏も共に切磋琢磨した時代であった。昭和二十二年、四十歳で二十八歳の沢木欣一氏と結婚する。
かつて、高柳重信発行の「俳句評論」(昭和三十四年)で俳句界の各氏に「現在あなたが一番詠いたいとお考えになっている主題はなんですか」と出題されたときの、綾子の回答は次のようであった。
「新鮮な角(かど)のとれない人間と自然と云うことになりませう。細見綾子」
角のとれない人間でありつづけようと思って、そうありつづけることのできた希有な人が俳人・細見綾子なのである。
第一句集から、もう一句見てみよう。
チューリップ喜びだけを持つてゐる 『桃は八重』
綾子氏の句には、「さびしい」「たのしい」「喜び」「単純」など、主観的な言葉、もしくは自分で評言を言ってしまっている句、また破調とも思える句の多いのに気づく。この作品の、太陽に向かって大きく開いているチューリップの姿には、まさに希望と喜びだけがあると言えよう。
技巧を弄せずしてさらりと言い切った天衣無縫ともみえる綾子俳句の世界を、夫・欣一氏は次のように述べる。
「彼女は割り切れないものを一所懸命に書いているんですよ。意外に思考型なんです。これは男・女を問わず俳句の中ではめずらしいですよ。感覚と思考が一緒になっているようなところがあって、たえず人生とは何かということを考えてるんですね。」(俳句文庫『沢木欣一』春陽堂)