第三十二夜 楠本憲吉の「冬の月」の句

  酔えば酔語いよいよ尖る冬の月  楠本憲吉
 
 「いよいよ尖る」が興味深く感じられる作品である。
 鑑賞をしてみよう。
 
 「酔語」とは酔っているときの戯言のことで造語であろうか。酔えば、ついつい本音でべらんめえ口調が出てしまうこともある。日頃の一家言を、素面では相手に直接に言えなかったことも、酔いの勢いで言ってしまうことができる。よい塩梅で止めることができればよいのだが、酔うと止まらない。最初は遠慮がちの言葉もだんだんに本音となり言い方も尖ってくる。傍で聞いているとはらはらするが、本人同士はそれほど気に留めていないこともある。

 季題の「冬の月」は、青白く寒々と照る月のことで、凛と遠くに輝いている。このように冬の月はどこか人を突き放しているように感じさせるとも思うが、月光は細月も満月も、いつでも私たちをまどかに照らし出してくれている。だから、地上では酔った人間たちが相変わらず戯言を言っていても、月は優しく眺めていると、思いたい。
 敢えて言えば作者は、いよいよ澄み切った月に、突き刺すように凄惨な青白さを感じて、「尖る」と詠んだのかもしれない。
 
 楠本憲吉(くすもとけんきち)は、大正十)年(1921)大阪生まれの、北浜の高級料亭「灘萬」の跡取り息子である。日野草城に師事し「青玄」に加わる。後に「野の会」を結成。新興俳句、前衛俳句の俳人であるが、また憲吉は、炎天寺住職の住職の吉野孟彦(よしのもうげん)の主宰する「一茶まつり・全国小中学生俳句大会」に、選者として協力してきた。
 
 「冬の月」の句を、もう一句紹介する。

  人込みに白き月見し十二月  臼田亜郎
 
 人込みの十二月の雑踏の町の上に白い月がのぼっている。地上とは異なって、冬の月というのは、あくまで澄み切っている月のことである。臼田亜郎(うすだあろう)は、高浜虚子の「ホトトギス」全盛の時代に、河東碧梧桐の新傾向俳句でもなく新興俳句でもなく、自身の主宰する結社で「石楠」俳人を育てた。