第四百三十四夜 中村草田男の「雪女郎」の句

 「雪女」「雪女郎」「雪鬼」「雪坊主」「雪の精」と、俳句では詠まれているが、雪の夜に出るといわれる妖怪で、雪国にいろいろな話が伝えられている。江戸の歳時記『年浪草』には、「深山雪中、稀に女の皃(かお)を現ず。これを雪女といふ。雪の精といふべし」とある。
 
 「雪女」のことを知ったのは、小学生か中学生の頃に読んだ小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の『怪談』の雪女伝説だったと思う。
 
 山に出かけた樵の茂作と巳之吉が吹雪のために近くの小屋で一夜を明かした時のこと。巳之吉が目を開けると、白い息を吹きかけられて父茂作が凍え死ぬのを見た。次に雪女は巳之吉に覆いかぶさったが、殺すのを止めて、「今夜のことは誰にも言ってはいけないよ」と言いながら去っていった。
 巳之吉が大人になったある日、「お雪」という色白の美女と出合い、恋をし、夫婦になり、子どもたちが生まれた。
 ある吹雪の夜、父茂作の話をすると、お雪は雪女であることを告げてしまうのだが、巳之吉や子たちを殺すことはせずに消えてしまう。
 
  今宵は、雪女(雪女郎)の俳句をみてみよう。
 
  雪女郎おそろし父の恋恐ろし  中村草田男 『火の島』
 (ゆきじょろうおそろし ちちのこいおそろし) 

 草田男の「雪女郎」は違っていた。なぜ「父の恋恐ろし」なのだろう。
 「雪女郎恐ろし」の女人は、実際に雪の中で出合った女人というのではないのだろう。
 この未知の女人は、子にとっては父であり、妻にとっては子の父である夫が、よその女人のだれかと恋に落ちたらどうしよう、という恐ろしさと不安の想いを込めた、ジェラシーの化身の「雪女郎」だと言えるかもしれない。

 「雪女郎」の作品は、次のように雪の夜に出合った場面を詠んでいることが多い。

 1・みちのくの雪深ければ雪女郎  山口青邨 『雑草園』
 (みちのくの ゆきふかければ ゆきじょろう)
 
 山口青邨の生まれた岩手県は、陸中国で、奥州の古名「陸奥(みちのく)」と呼ばれる。〈みちのくの町はいぶせき氷柱かな〉など、故郷「みちのく」を詠み込んだ作品で有名である。
 
 句意は、奥州「みちのく」に雪が深くなるころには、雪女郎に会うこともあるだろう、となろうか。
 
 2・雪女郎銀の半襟してゐたり  原田青児
 (ゆきじょろう ぎんのはんえり していたり)
 
 句意は、雪の夜道で出合った雪女郎は、なんと、銀色の半襟をつけた白衣でしたよ、となろうか。
 
 原田青児氏は、仙台で「みちのく」を創刊主宰をした方で、「千夜千句」の第三百四十五夜では、薔薇の句を紹介させていただいている。
 宮城県仙台もまた陸奥(みちのく)であり、山間部は積雪の深い地である。下田のローズメイ伊豆高原薔薇園園主でもある原田青児氏の雪女郎が、お洒落な「銀の半襟」をした着物を纏っていたとしても不思議ではない。
 
 「雪女郎」伝説は、雪国の人たちの雪に対する恐怖から生まれたのであろうが、江戸時代に作られた江戸の歳時記『年浪草』にあるような「雪の精」とは違ってきているようで、より人間らしさを感じさせてくれる。