第四百六十三夜 大久保白村の「春一番」の句

 「春一番」は、春になって最初に吹く強い南寄りの風のことで、2月末か3月初めの頃に吹く。一日中吹き荒れて「春風」の穏やかさはないが、この風で木の芽がほころぶ。船乗りや漁師が今でも使う風の名が一般に普及したもので日本海低気圧による風だが、春先の災害の元にもなる。
 「春二番」は、桜の咲く前に吹く南風で、桜の花が咲きはじめる。激しい風だが、春一番が吹くと「ああ、やっと春が来た」といった目安になる。
 令和3年(2021)の春一番は、2月4日で、気象庁で統計を取り始めた1951年以降、最も早い記録だという。
 
 今宵は、「春一番」の句を紹介してみよう。

 1・みよしのを駆けるもののけ春一番  大久保白村 『カラー図説 日本大歳時記』
 (みよしののを かけるもののけ はるいちばん)

 句意は、もののけが吉野の山中を駆け巡っているような、春一番が吹き荒れていますね、となろうか。

 「もののけ」は、生きている人の恨みや執念が怨霊となって人にたたるもの。「みよしの」は、山又山の吉野山中である。
 春一番の風が吹き荒れると、風は木々にぶつかり枝がゆれ木の葉がそよぎだす。山全体を吹き渡る風は、谷を越え山々を駆け巡る。その風音は凄まじく、執拗に追いかけてくる人の声のようにも聞こえ、恐ろしい物の怪のようでもある。
 
 大久保白村(おおくぼ・はくそん)は、昭和5年(1930)東京都生まれ。日本伝統俳句協会副会長。「ホトトギス」「玉藻」同人。父も俳人で大久保橙青。

 2・春一番山を過ぎゆく山の音  藤原滋章 『山の音』
 (はるいちばん やまをすぎゆく やまのおと)

 句意は、春一番が山にぶつかって山を通ってゆくとき、山の音とともに通りすぎてゆきましたよ、なろうか。

 春一番が吹くのは、2月から3月の初め頃である。其の頃には、紅葉樹の木々の芽が膨らみはじめ、木々の万朶は煙るようになり賑々しくなってくる。一方、常緑樹は木の葉をそよがせている。
 春の山には、人たちも入ってゆくだろう。冬の間は眠っていた山が、いま春の笑う山となって、生き生きした山の音があふれている。
 
 藤原滋章(ふじわら・しげあき)は、大正9年(1920)、岡山生まれ。昭和53年、鷹羽狩行の「狩」へ創刊と同時に入会。59年に同人となる。

 1の句と2の句は、早春の山の景であり山の音は似ているかもしれない。だが1の句は、広大な吉野山中で人気を感じさせず、物音はみな「もののけ」であるかのごとく感じさせる。2の句は、例えば人家近くにある山であってもいいかもしれない。似ているが違ってもいる面白さを感じた。

  春一番砂ざらざらと家を責め  福田甲子雄 『新歳時記』平井照敏
 (はるいちばん すなざらざらと いえをせめ)

 句意は、春一番が吹き荒れると、強風はざらざらとした砂を巻き上げて家に吹きつけてくるのですよ、となろうか。

 「砂ざらざらと」は、黄砂も3月頃から吹いてくるが2月頃にも吹いてくるという黄砂であろうか。強風では、大地の砂を巻き上げて家に吹き付けることがある。音も立てるし、砂は家の中まで入り込むこともある。家にいて、風の音、入りこんでくる砂を感じていると、責め立てられているようだ。家人を責めているのだが、「家を責め」としたことで、俳諧になったと思う。

  春一番呼び合ふごとく塔婆鳴り  有馬籌子 『秀句三五〇選 風』
 (はるいちばん よびあうごとく とうばなり)

 句意は、春一番が吹いて、墓所の塔婆の板が、互いに呼び合っているように鳴っていますよ、となろうか。

 「塔婆」とは、供養・追善のため、墓の後ろなどに立てかける細長い板。「卒塔婆(そとうば)」ともいう。塔の形の切り込みがつけられ、梵字・経文が記されたもの。春一番の強い風が吹くと、塔婆が動いて、ぶつかってカタカタと音を立てる。
 墓参りに行った作者は、塔婆の触れ合う音を、まるで親族の墓の誰彼が呼び合っているように、寂しさを告げ合っているように感じたのだろう。
 
 春一番の季題は、風の強さが引き起こす音の色々を思わせてくれた。さて今年の2月4日の春一番では、どんな音に気づいただろうか。わが家の会話では、20メートルほど先にある雑木林の梢の揺れで風の強弱をはかっていたような気がする。