第五百三夜 高浜虚子の「春の眠り」の句

 立原道造の「暁と夕の詩」から「眠りの誘ひ」の一部を紹介させていただこう。
 
 おやすみ、やさしい顔した娘たち
 おやすみ、やはらかな黒い髪を編んで
 おまへらの枕もとに胡桃色にともされた燭台のまはりには
 快活な何かが宿つてゐる(世界中はさらさらと粉の雪)
 
 私はいつまでもうたつてゐてあげよう
 私はくらい窓の外に さうして窓のうちに
 それから 眠りのうちに おまへらの夢のおくに
 それから くりかへしくりかへして うたつてゐてあげよう
 (略)
                 『立原道造全集 第1巻 詩集Ⅰ』より

 今日は3月29日、3月の満月の日である。昨夜は雨だったが朝にはからっと晴れて春の半ばというよりは爛漫といった暖かさである。先ほども、ニュースを観ながらうつらうつらしていた。
 
 今宵は、「春眠」の作品を紹介してみよう。                 

  金の輪の春の眠りにはいりけり  高浜虚子 「六百句時代」 昭和17年作。
 (きんのわの はるのねむりに はいりけり)

 句意は、「金の輪」の中に入ったかのような、それはそれは春の夜の心地よい眠りにすっと落ちてゆきましたよ、となろうか。
 
 この句に、いつ出会ったのだろう。ひと目で好きになった作品である。
 「金の輪」とあるから、最初は、目をつぶっても尚明るい春の陽光を感じさせる昼寝の句だろうと思った。
 または、唐の孟浩然の有名な詩「春暁」の一節「春眠暁を覚えず」から、春の夜の素晴らしい眠りと目覚めの素晴らしさを「金の輪の春の眠り」と詠ったものであろうかと思った。
 
 虚子は、俳句は「極楽の文学」であると言った。それは、「一たび心を花鳥風月に寄することによってその生活苦を忘れ病苦を忘れ、たとい一瞬時といえども極楽の境に心を置く事ができる。俳句は極楽の文芸という所以である。」ということである。
 
 「極楽の文学」を考え合わせたとき、掲句の「金の輪」と詠んだ一句の響きから、虚子の眠りに対する深い信頼感が浮かんできた。

 「春眠」「春の眠り」とは、春の夜の快い眠りのことである。
 私は、睡眠に入るのはとても早くて、どうやら目をつぶってから数秒ほどで眠っているらしい。一方、夫は煌々と灯した真夜中を読書やテレビを観ている。眠りの時間帯のまったく違う夫と別の部屋で眠るようになり犬と一緒に眠るようになってからは、私の眠りは一層心地よく、金の輪の眠り、と言ってよいほどかもしれない。

 もう1句、「春眠」の作品を紹介しよう。
 
  春眠の一句はぐくみつゝありぬ  『五百五十句』 昭和15年作。
 (しゅんみんの いっく はぐくみつつありぬ)

 句意は、昼の眠りか暁の春眠なのか、心地よい眠りのなかで俳句が1句生まれそうになっているところですよ、となろうか。

 俳人はみな、こうした体験があるに違いない。眠りながら或は目覚めつつある中で、必死に17文字の産みの苦しみをしている。推敲しては忘れ、思い出そうとするが浮かばない。
 起き上がって言うセリフは決まって、「ああ! 凄い名句だったのに!」である。枕元にノートと鉛筆を用意しておけばよいのかもしれないが、やはり、書き留めようとすると忘れてしまっている。
 
 高虚子先生にも、こうした事があるのかと、くすっとした作品である。