第五百四十四夜 長谷川双魚の「母の日」の句

 今日は、アメリカの作家ヘンリー・デヴィッド・ソロ―の著書『森の生活―ウオールデン』から「朝」の一部を紹介させて頂こう。
 
 「記念すべきことが起きるのは朝、大気に包まれた朝である、と言っておこう。ヴェーダの経典には「すべての知恵は朝に目覚める」とある。詩歌も芸術も、人間の最も美しく、記念すべき活動はこの朝の刻限に始まる。メムノンのようにすべての詩人、すべての英雄は曙の女神の子孫であり、日輪が昇る頃、その音楽を奏でるのだ。快活で、活力に溢れた思想(おもい)が太陽と共に歩む者にとって、一日はいつも朝である。時計が何時を刻んでも、人々がどのような生活をし、仕事をしようとも問題ではない。私が目覚めているのは朝であり、心には曙が輝く。睡魔に打ち克つ努力こそ道徳的向上の始まりである。(略)」   
 
 2021年の今日は、母の日。桃色のエプロンと、同じく桃色の熊さん模様のスリッパが娘からのプレゼント。黒っぽい色が好みの私に、そう言えば、昨年は赤い革のお財布を貰った。白髪の増えた私には明るい色が似合うようになったのかもしれない。

 今宵は、『秀句三五〇選 母』伊藤敬子編著より「母」と「母の日」の作品を見てゆこう。

■亡き母

 1・母の日の提げてごくらくいろの花  長谷川双魚 『秀句三五〇選 母』伊藤敬子編著
 (ははのひのさげて ごくらくいろのはな) はせがわ・そうぎょ

 2・母の日や大きな星がやや下に  中村草田男 『母郷行』
 (ははのひや おおきなほしが ややしたに) なかむら・くさたお

 1句目、今日は母の日。とうに亡くなってしまっているが墓参りでもしよう。母のおもかげを彷彿と思い出し、信心深かった母から極楽を連想し、提げている花が、ごくらくいろをしているように思われた作者であった。
 選著者の伊藤敬子に届けた作品に付けて長谷川双魚の自解が同封されていたという。「お前は死んだら終い。極楽も地獄もないと思っておいでるなあ。母は私の心を見透かしていた。」と。
 仏教を信じて生きている人にとっては、死後、極楽浄土へ行けるか、或は六道の最下位の地獄へ行くのか大問題であるからだ。

 2句目、昭和27年の7月に母ミネを亡くしている。翌年の8月に母の遺骨を埋葬するために帰郷し、草田男は「母郷行」の大作164句を得た。しかし掲句はその翌年の初夏に作られたという。自句自解の中で「大きな星」を「宵の明星(金星)のやや下方に現れる、もう一つ別の星のことである」と語っている。宵の明星は父のことで、その下ではあるが、もう1つ輝いている大きな星を母の星と考えた。
 父がいて一歩さがって母がいて、母の日の今日、そうした母の姿が愛おしく懐かしく思われたのであろう。

■母

 3・躾糸背中に見えて母の日よ  加藤憲曠 『蝸牛 新季寄せ』
 (しつけいと せなかにみえて ははのひよ) かとう・けんこう

 3句目、着物の背中に躾糸が付いているのが見えた。母の日ということで、母は新調したばかりの着物を着たのだ。躾糸は、初めて着るときに外すものと外さないでそのままにしておく躾糸の2通りある。
 掲句は、男性である息子には、躾糸に気づいたが、そのままししておく躾糸があることは知らなかった。または、加藤憲曠が母の日のプレゼントに差し上げた着物かもしれない。普段は背中の躾糸など見もしないが、この日は特別だから、母の着物姿を眺めたのであろう。