第五百四十七夜 高浜虚子の「白牡丹」の句

 平成26年、茨城県つくば市にある「つくば牡丹園」を訪れた。上野の牡丹園、鎌倉の牡丹園と折々に見ていたが、つくば牡丹園の広大さは見事であった。入口をはいるや見渡す限りの牡丹畑、一回りして丘を下って行きながらも牡丹が咲き、下ったところに池があり周囲は牡丹が咲いていた。その先には田んぼが広がっていた。
 ネットで開花情報をチェックしていたので、牡丹を堪能することができた。

 牡丹と芍薬の花はよく似ている。牡丹は樹木で芍薬は草木、「立てば芍薬、座れば牡丹」と言われるように、芍薬はすっとした背丈である。牡丹はどっしりとした気品から「花王」と呼ばれ、芍薬は総理大臣である「花宰相」と呼ばれる。
 
 今宵は、「牡丹」の作品を紹介しよう。

  白牡丹といふといへども紅ほのか  高浜虚子 『五百句』
 (はくぼたん というといえども こうほのか) たかはま・きょし

 句意は、白牡丹といっても真っ白というわけではなく、じっと眺めているとどこか紅色がほんのり差してくるようですよ、となろうか。
 
 この作品の特徴は、上五を六文字の字余りで詠み出していること、さらに、中七の「といふといへども」は特別な意味などない詞(ことば)であり、そのために、揺蕩うような独自の調べとなったことである。下五は「紅ほのか」ときっぱりと締めている。
 この句の六七調は、能楽の詞章に見られる調べである。俳句は、こうした技によって、たった1つのことを述べることもできる。
 白牡丹ではあるけれどほんのり紅が差しているという事実ではあるが、虚子が詠みたかったことは、下五の「紅ほのか」であり、虚子が白牡丹を眺めているときに感じた「艶なるものの色」であったのだ。

  満月ののぼるにほめき黒牡丹  山口青邨 『不老』
 (まんげつの のぼるにほめき くろぼたん) やまぐちせいそん

 山口青邨邸にある雑草園と名付けた庭は、花や草木、畑に分かれている。『山口青邨季題別全句集』の牡丹の作品は156句、全ての季題を数え直したわけではないが、たとえば「花」よりも「牡丹」を詠んでいた。雑草園には牡丹畑が作られていて、白牡丹が多いようである。作品を揚げてみる。
 
  牡丹散り白磁を割りしごとしづか 『雪國』
  白牡丹百花一斉にふるえたり 『露團々』
  白牡丹寵愛しけりゆるされよ 『庭にて』
  身は布衣(ほい)の牡丹は風にただよへる 『冬青空』
  昼吸ひし白光を吐き夕牡丹 『冬青空』
  耐ゆるまで耐ゆるは艶や風牡丹 『粗餐』
  きしきしと牡丹莟をゆるめつつ 『薔薇窓』
  袖たたむごとく花びら夕牡丹 『日は永し』
  手裏剣のごとく蜂とぶ牡丹の前 『日は永し』
  
 掲句は、黒牡丹の句。黒牡丹というのは、花が黒みがかった紫色のもの。満月が昇るにつれて黒牡丹に月光が差した。黒みがかった紫色は月明かりで豪華絢爛さを増し、火照っているような色合いとなり、青邨は艶めかしさを感じたのであろうか。

 高浜虚子も山口青邨も、庭で牡丹を丹精して育て、牡丹の時期には毎日のように、朝、昼、夕べ、夜、月の下で眺めていたのであった。牡丹を寵愛し、牡丹に艶を見たのであった。