第五百七十八夜 相生垣瓜人の「毛虫」の句

 小学生の頃に住んでいた家は、杉並区下井草で石神井公園にも歩いていける距離であった。我が家はひこばえ幼稚園の門の真ん前で、そこは、幼稚園と井草教会と二つを経営していた。
 庭園は樹木が多かったが、とくに大きな栗の木が印象的であった。子どもたちは「おおきなくりの きのしたで、あなたとわたし、なかよくあそびましょ、おおきなくりの、きのしたで」と、よく歌っていた。
 もう1つ印象的だったことは、この栗の木の花の頃に出てくる「みどり色の大きな毛虫たち」であった。幼稚園は、卒園生たちが自由に訪れて遊べる場所であった。悪戯盛りの同級生が遊びに来ている。私たち女の子も遊びに来ている。
 すると、男の子たちは大きなみどり色の毛虫を手に持って、女の子たちを追い回すのだった。
 今でも「毛虫」というと、あの大きくて太くて毛のないみどり色の毛虫を真っ先に思い出す。
 キャーっと逃げ出すことは今はない。なにしろ俳句の季題の1つであるし、俳人の端くれでもあるので逃げたりはしない!

 今宵は、「毛虫」の作品を見てみよう。

■毛虫

 1・毛虫こそ物々しげに歩むなれ  相生垣瓜人 『新歳時記』平井照敏編
 (けむしこそ ものものしげに あゆむなれ) あいおいがき・かじん

 句意は、毛虫こそ如何にも物々しげに歩くものだなあ、ということになろうか。
 
 「物々しげ」とは、いかめしい、堂々としている、などの意味がある。
 ある時、茨城県常総市の坂野家住宅の庭園で、1匹の立派な毛虫に出合った。毛虫は、10メートルほど離れた大木の方へ行こうとしているらしい。毛を逆立て、リズミカルに背を膨らませたり平らになったり、人間の私たちに気遣うでなく逃げようとするでなく、ひたすら、真直ぐに歩んでいる。
 あまりに堂々とした歩みなので、私たちはこの毛虫さんが目的地へ着くまで、とうとう見守るような気持ちで佇んでいた。

 2・老毛虫の銀毛高くそよぎけり  原 石鼎 『新歳時記』平井照敏編
 (ろうけむしの ぎんもうたかく そよぎけり) はら・せきてい
 
 句意は、老毛虫とは老熟幼虫のことで、後にオビカレハという蛾になる大きさ60ミリほどの毛虫だという。銀色の毛を立て、そよがせながら歩いていましたよ、となろうか。
 
 サクラやウメの木の股にテントのような糸を張って育つのが毛虫。「老毛虫」という表現があり、毛虫の老人のように思われたが、大きな毛虫のことのようである。
 
 3・少女期の一処が冥し松毛虫  鍵和田秞子 『秀句三五〇選 虫』
 (しょうじょきの いっしょがくらし まつけむし) かぎわだ・ゆうこ

 今でも感じることがあるが、自分の中に「一処が冥し」を持ちつづけることは、大事なことかもしれない。
 『秀句三五〇選 虫』の選著者の宮坂静生先生は、次のように解説している。
 「だれでも、触れられたくない、話したくないことがある。とりわけ少女期のことにあっては。ところが、ものを書くことは、その冥い『一処』を避けて通ることができない。そのくらさが考えたり、書いたりする原点にあたるところだ。幸せな日常にいればこそ、松毛虫が巣食う、その『一処』を作者は感じ、じっと見つめている」と。

■火の中

 4・火の中に毛虫の貌の振り向ける  東條素香 『常行闇』、『秀句三五〇選 虫』
 (ひのなかに けむしのかおの ふりむける) とうじょう・そこう

 句意は、庭木に集ってくる害虫の毛虫を根絶するには、殺虫剤を使うか木から落として焼却することであろう。生き物を殺すことはだれも心が痛む。
 その瞬間、火の中で悶えていた毛虫が振り向くや、作者はその毛虫の貌と出合ってしまった、目と目が合ってしまったのだ。
 
 その火を、木下夕爾の作品〈毛虫焼く火のめらめらと美しき〉のように、人は美しいと感じるのだ。
 
 5・毛虫焼く妻の次第に大胆に  水島三造 『ホトトギス 新歳時記』
 (けむしやく つまのしだいに だいたんに)

 句意は、庭の手入れで梅や松の毛虫を木切れで払い落として焼いている。逃げ出そうとしている毛虫も捕まえて、金輪際逃さないという顔つきで、妻が毛虫を焼いていますよ、となろうか。
 
 「妻の次第に大胆に」とは、もっと早くもっと完璧に焼けるように薪や紙屑を焼(く)べたりしたのだろうか。なんだか解る、というと非情な女に見えるかもしれないが、きちんと仕上げるという一面は、家事をする中で女の習性となっているものである。
 鍵和田秞子先生の「一処が冥し」に通じるもののようでもある。