第五百八十五夜 深見けん二の「黴」の句

 関東地方は、6月14日から梅雨入りをした。ほぼ毎日のように1日のどこかで雨が降っている。
 台所に黴(かび)が生えている気配はまだないが、自分では能天気な方だと思っているが、ときに鬱陶しい心の黴がじわじわ増えている気配を感じることがある。
 
 今宵は、「黴」の作品を見ていこう。
 
■黴
 
 1・かびるもの黴び吾子の瞳の澄みにけり  深見けん二 『父子唱和』
 (かびるものかび あこのめの すみにけり) ふかみ・けんじ

 昭和29年6月に、長男の俊一さんが生まれた。梅雨時で、蒸し暑く、冷蔵庫の方はテレビと同じ頃だったが、クーラーのない家がほとんどだったころである。お母さんは大変だったと思う。子に対してだけではなく、食物のこと室内の全てのものに黴が生えないように、生えていたら直ぐに乾いた布で拭かなくてはならない。
 
 句意はこうであろう。梅雨の最中のこと、黴びているものはあるけれど、それにしても吾子の瞳の、なんと澄み切っていることだろうか。

 赤ん坊は、父や母に、純なる心を与え、夢と希望を抱かせてくれる。〈吾子の口菠薐草のみどり染め〉という離乳食の頃の作品もある。
 数年前の「花鳥来」の忘年会のこと、俊一さんはご高齢の深見けん二先生に付き添われて出席されていた。この会は皆がスピーチをする。俊一さんは、「私が〈吾子の口菠薐草のみどり染め〉の中の吾子です。」と自己紹介された。すでに校長職も退かれた年代であったが、私たち会員にとっては、永久に「吾子の瞳の澄みにけり」である。
 ところで、最初の子は、深見家では俳句作品となって残り、たとえば我が家では最初が女の子だったこともあるが、写真のアルバムの数が10対1ほども違っている。

 2・美しく黴をレンズの拡大す  秦 洋子 『ホトトギス 新歳時記』
 (うつくしく かびをレンズの かくだいす) はた・ようこ
 
 句意は、黴を顕微鏡で覗いていると、思いがけず、黴が美しかったので、どんどん拡大して見ていましたよ、となろうか。

 秦洋子さんは研究者として顕微鏡で黴を覗いているのか、それとも学生時代の理科の授業で覗いた黴の美しさを思い出したのだろうか。
 ポイントは、「レンズの拡大す」である。「黴」は、動植物に寄生し、あるいは飲食物・衣類・器具などにも生ずる下等の菌類で、汚いもの、不浄のもの、除くべきものと思われている。
 そう思っていたのに、顕微鏡には糸状菌の姿である菌糸が見えた。拡大してみると、糸状菌は美しい。生きていて顕微鏡の中で動いているではないか!

 3・黴といふ字の鬱々と字劃かな  富安風生 『新歳時記』平井照敏編
 (かびという じのうつうつと じかくかな) とみやす・ふうせい

 句意は、「黴」という文字の字劃(字画)は、見ているだけでも鬱々としてくるようですよ、となろうか。
 
 富安風生の作品の特長はの1つは、軽妙洒脱である。たとえば、〈すゞかけ落葉ネオンパと赤くパと青く〉を「ホトトギス」に投句した折に、虚子における去来のような田中王城から、こうした破格破調の句に対して「かくて若い者は風生と共に地獄に堕ちる」といった慷慨の手紙が風生に届いたという。
 また風生は、〈皹といふいたさうな言葉かな〉の「皹(あかぎれ)」や〈むつかしき辭表の辭の字冬夕焼〉の「辭」のような難しい文字などを好んで作品に取り込んだ、
 しかし、虚子がこれらの表現技法の句も大きく包容してくれたからこそ、鋭敏な感覚を縦横活発に働かせた風生の新天地の、文字からの発想の名句なども生まれたのである。

 4・黴のアルバム母の若さの恐ろしや  中尾寿美子 『新歳時記』平井照敏編
 (かびのアルバム ははのわかさの おそろしや) なかお・すみこ

 句意は、古い古い黴の生えたアルバムを見たときのこと、そこには若い母が映っていた。母であるが母でない。顔を合わせてもその顔は「寿美子の母」の顔ではない。まるで興味がないような無表情さで子の寿美子を眺めるような「女」の顔を、黴のアルバムに見てしまったのではないだろうか。
 失礼を承知で言えば、母の顔に自分の顔を見てしまったのだと思った。この「黴」は瞬時に宿る心の恐ろしさを見せてくれた。

 中尾寿美子さんは、大正3年ー昭和64年、佐賀県生まれ。長谷川かな女の「水明」、秋元不死男の「氷海」、鷹羽狩行の「狩」、永田耕衣の「琴座(りらざ)」と、俳人の経歴として振幅が大きい。そこが中尾寿美子の句柄の変身という魅力になっているという。