第六百夜 川端茅舎の「朴散華」の句

 川端茅舎は1897(明治30)年東京日本橋の生まれ。画家の川端龍子は12歳上の異母兄である。当初は医学を目指していた茅舎は、大正4年、進学を諦めて藤島武二絵画研究所に通いはじめる。後、岸田劉生に師事した。
 俳句は、大正3年頃から父の寿山堂に習い、大場白水郎の「藻の花」、飯田蛇笏の「雲母」、「ホトトギス」など数カ所へ投句。京都では東福寺正覚庵に寄寓し参禅もした。大震災後に京都に住んだ劉生や西島麦南らと、画業と共に句作にも精進、大正13年には「しぐるゝや僧も嗜む実母散」などの6句で、「ホトトギス」十一月号で初巻頭となる。
 昭和4年、茅舎は病弱となり、絵画の師劉生も亡くなった。失意のため画業はせず俳句に専念するようになる。昭和5年には「白露に阿吽の旭さしにけり」が巻頭。その後は他の俳誌への投句は止め「ホトトギス」一辺倒になる。昭和6年、脊椎カリエスで昭和医専に入院し、ここで水原秋桜子との出会いがあった。退院後は自宅で病臥生活となる。

 今宵は、川端茅舎の最晩年に詠まれた「朴散華」の句とともに、茅舎が亡くなった折の、虚子の弔句「朴散華」の作品を紹介しよう。

■茅舎の朴散華
  
 1・朴散華即ちしれぬ行方かな  「ホトトギス」昭和16年8月号巻頭
 (ほうさんげ すなわちしれぬ ゆくえかな)
 
 句意は、毎日ベッドで眺めていた朴の花の姿がいつの間にかなくなってしまった。朴の花はその生命を終えてしまったのであろうか。
 
 「朴散華」は茅舎の造語。散華とは仏を供養するために花をまき散らすことであり、本来は蓮の花をいう。
 昭和6年に脊椎カリエスのため入院し、退院してからの茅舎の生活は、兄川端龍子の庇護のもとで殆ど病臥の日々であった。茅舎は、ベッドから窓越しに見える位置に大好きな朴の木を植えてもらっていた。
 昭和16年、父寿山堂が植えてくれた朴の木は、8年目にして初めて白い花を付けたのだ。朴の木は高木だから、朴の花はちょうど見上げた空の位置に咲いていたことだろう。
 朴の花の白は、清らかな乳白色の、人の魂に触れるような優しい白。朴の木の、咲いては閉じる花の命は3日ほどで、落花はせず花の形のまま朴葉の上に朽ちて錆びるという。花の一部始終を見ていた茅舎に、ある日、ベッドの視界から花が消えていた。命を終えてしまったのだろうか。「即ちしれぬ行方」の朴の花は茅舎の姿かもしれない。
 最晩年の昭和16年、毎日眺めた朴の花の句である。
 
  父が待ちし我が待ちし朴咲きにけり
  我が魂のごとく朴咲き病よし
  朴の花白き心印青天に
  朴散華即ちしれぬ行方かな

 第2句集『華厳』の虚子の序はただ一行、「花鳥諷詠骨頂漢」である。茅舎は、この序文を非常に喜び、後記に次のように書いた。
 「一本の棒のような序文は再び自分に少年の日の喜びを与えて呉れる。さうして花鳥諷詠する事も亦一個の大丈夫(だいじょうぶ)の道かといふ少年の日の夢を与えて呉れる。」
 「大丈夫」とは「立派な男子」のこと。茅舎は、画業で培ったひたすら対象を視る「目の忍耐」(山本健吉の言葉)は既に出来ていた。さらに劉生から、自然の美とは、諸現象とわれわれの心が合致して生まれた暖かき子どもであり「内なる美」の表現されたものであると学んでいた。
 岸田劉生著の『美の本体』は難しいが、娘の麗子に聞かせたという「私は天で虹を描いていたのだよ。あまりこの世がきたないので、神さまが私をこの世におつかわしになった」の話は、正に真の美を求めた劉生であり、無垢な心で病苦も見せず高邁な詩精神で作句した茅舎に似つかわしい。
  この優しさが川端茅舎の本然ではないだろうか。

■虚子の朴散華

 2・示寂すといふ言葉あり朴散華 『六百句』
 (じじゃくす ということばあり ほうさんげ)
 
 句意はこうであろう。示寂するという言葉があるが、仏道修行を貫徹した高僧の入寂のことである。茅舎の病苦や茅舎を「花鳥諷詠骨頂漢」と虚子に言わしめた茅舎の死もまた示寂であると、川端茅舎の死を思った。いま朴の花が散華して茅舎を供養しているだろう。
  
 『虚子俳話』の「朴散華」の項には次のように書かれている。
 「茅舎は自分の死を見た。茅舎の桐里の家の軒端に朴の木があつた。茅舎は朴の木の花の咲いては散るのを見てゐた。7月17日に歿してゐるのである。仏書に親しんでゐた茅舎は「朴散華」といふ言葉を使つた。散った朴の木の花はどこへ行くであろう。それは遂に分らない。瞑目する自分はどこへ行くであろう。それは遂に分らない。茅舎は自分の死のことを言はず、朴散華のことを言つた。茅舎は自分の死を客観し、草木を諷詠した。(略)。」

 掲句は、亡くなった当日に詠んだ茅舎への弔句である。
 茅舎は闘病10年、昭和16年7月17日に自宅にて永眠。享年満44歳。「青露院茅舎居士」の戒名は兄龍子が付けた。