第六百一夜 飯島晴子の「赫い梨」の句

 日本の現代美術家であり世界に活躍する芸術家である宮島達男さんが、なんと、私の住む茨城県守谷市の住人であることを知って10年ほどになる。守谷市の友人がある時、宮島達男展に案内してくれた。どこの美術館だったか或いは自宅の展示場であったか定かではないが、展示場に入った瞬間にびっくりした。場内は真っ暗と感じた。目が慣れるにつれて天上には青い星が輝いていることに気づいた。
 その光は、発行ダイオード(LED)を使用したものであった。詳しいことは説明できないが、その時私が観たのは青であったが、パンフレットには赤のLEDの作品もある。
 長方形の青い光の積木のような形、そこには、数字が描かれていた。その数字板が天上に星をばら撒いたように光っている。数字は1から9まで、いくら探しても「0」はなかった。人は、好きな数字をもっている。ちなみに私は「5」が好き。「0」が好きな人もいるだろうにと思った。
 きっと意味があるに違いない。「0(ゼロ)」は無とも言えるが、無限大という可能性を秘めた数字とも言えるかもしれない、とも思った。会場に来た人たちは、天上の青く光るLEDの数字を眺めながら、「0」を探し、「0」の数字のないことに、その意味を考えるのであろう。
 
 今宵は、田中裕明編著『秀句三五〇選 数』蝸牛社刊より、数字の入った俳句を見てみよう。
 
 1・孔子一行衣服で赫い梨を拭き  飯島晴子
 (こうしいっこう いふくであかい なしをふき) いいじま・はるこ
 
 句意は、紀元前の春秋時代の中国の思想家であり、儒家の始祖である孔子一行が、ぞろぞろと諸国を漂泊している。ある時は畑に植えられた梨をもぎ、裾をながく引きずっている衣服の、袂の端で、梨を拭いて食べていたそうな、となろうか。
 
 孔子の思想を学んだ弟子たちが孔子の言動を集めたものが『論語』である。学びの合間にも、孔子と弟子たちにも寛ぎの時はあったのであろう。飯島晴子の卓抜した想像力かもしれない。そう思わせてくれる断定である。
 一行の一は、連れ立ってゆく人々の「ひとかたまり」であろう。

 2・柿を剥く十指のすべて柿とあり  斎藤美規
 (かきをむく じゅっしのすべて かきとあり) さいとう・みき
 
 句意は、柿を剥いている時は、両手の十本の指の力をじつに上手く使っていますよ、となろうか。
 
 「十指のすべて柿とあり」の「柿とあり」から、指の動きがよく見えてくる。左手に柿をもち、右手に果物ナイフをもち、左手の指を使って柿を少しずつずらし、果物ナイフが皮を追うように滑らせてゆく。本当にそうなるのかしらと試してみた。十本の中で休んでいる指などなかった。
 人間の身体に無くてもいいパーツなどないのかもしれない。勿論、病気や怪我で使えなくなることもあるが、そのときは、工夫の限りを尽くしている。
 この句は、天から与えられた十指を懸命につかって、柿を剥く姿を見せてくれた。
 
 3・背泳ぎにしんとながるる鷹一つ  矢島渚男
 (せおよぎに しんとながるる たかひとつ) やじま・なぎさお

 句意は、海で背泳ぎをしている。空には一羽の鷹が翼を拡げたまま羽ばたかず、エンジンのないグライダーのように旋回していますよ、となろうか。
 
 作者は背泳ぎをしながら大空と真向かっている。その空には一羽の鷹がいた。鷹というのはある程度の高所までくると、自分の重力を利用して、羽ばたくこともせずに、グライダーのような飛び方になるという。「しんとながるる」と描写したように、鷹は大空をながれるように、漂っているように、空に停止してしまっているようにも感じられたのだろう。
 鷹一つは、一羽の意である。鷹一羽としなかったことで、鷹の飛翔のあり方が見えてきた。

 4・リラほつほつソフィに十日ほど逢はぬ  小池文子
 (リラほつほつ ソフィにとおか ほどあわぬ) こいけ・ふみこ

 句意は、リラの小さな莟がほころんできた。そう言えばソフィーに、もう10日ほども逢っていないなあ、となろうか。

 小池文子は、日本では森澄雄主宰の「杉」同人。フランスに行き、フミコ・ベローニとなってパリに住み続け、「パリ俳句会」を主宰。この句はずっと私の愛誦句である。正確に句の状況は掴めないが、哀愁に満ちた調べのよさのためであろう、不思議に惹きつけられる。
 ソフィに逢わなくなって十日ほどというのは、長くもなく短くもないかもしれない。よい香りのリラの花が、ふっとソフィを思い出させた。