第六百十夜 川端茅舎の「向日葵の目」の句

 1970年9月に日本で初公開されたイタリア映画「ひまわり」を思い出した。年子が生まれたばかりであったが、私の映画好きを知っている母は子守りと留守番を買って出てくれた。最近はテレビで観てしまうが、映画は映画館の大スクリーンで観るのが1番だと今でも思っている。
 
 映画「ひまわり」はヘンリー・マンシーニの音楽にのって、スクリーンは、大写しのひまわり畑を舐めつくすかのようにいつまでも追いかけている。まず日本では、これほどのひまわり畑は見たことがなかったが、ひまわりの油脂をとる畑だそうだ。
 この「千夜千句」では、ソフィア・ローレン、マルチェロ・マストロヤンニの、戦争で引き裂かれた2人の恋の行方は追うことはしない。
 何十万本ものひまわりが揺れ通し、という光景の凄さだけに絞っておこう。追いかけても追いかけても擦れ違う2人の恋は、圧倒的なひまわりの揺れによって消されてしまった。
 
 今宵は、「向日葵(ひまわり)」の俳句を見てみよう。

 1・向日葵の目は洞然と西方に  川端茅舎 『カラー図説 日本大歳時記』講談社
 (ひまわりの めはとうぜんと さいほうに) かわばた・ぼうしゃ

 句意は、向日葵の黒い種は黄の花びらに囲まれた大きな目のように感じる。朝は東に向くと言われるが、太陽を追いかけてゆくわけではないが少し動くとも言われている。向日葵が自然に西の方へ向いたとき、極楽浄土のある「西方」でしたよ、となろうか。

 「洞然」とは、雑念がなくて空なさま、のこと。「西方」とは、極楽浄土のある方角。脊椎カリエスや結核を病み、苦しみの中で詠んだ茅舎の世界を、中村草田男は「茅舎浄土」と命名した。
 茅舎は、向日葵の花の目が、静かに心が空のさまで西方へ向いているのを見て取ったのであった。
 
 2・向日葵に剣のごときレールかな  松本たかし 第1句集『松本たかし』
 (ひまわりに つるぎのごとき レールかな)
 
 句意は、線路の脇に向日葵畑があり、大きな花が重たげに頭を垂れて揺れている。線路は剣のようなレールが鋭い光を見せている。まさに真夏の景ですね、となろうか。

 線路のレールが日にキラッと光る。病弱のたかしには、殊の外夏の真昼の暑さが身に堪える。夏日を象徴する向日葵と剣のように感じた線路のレールを、たかしは、わが身に突き刺さる「暑さ」と捉えたのではないだろうか。

 松本たかしの句に、〈たんぽゝや一天玉の如くなり〉〈金魚大鱗夕焼の空の如きあり〉など、「如し」の句に有名な句がある。通常「如し」は「のようだ」という比喩である。だが、たかしの句の場合は、感性の鋭さと高い美意識から「如し」は二句一章の二物衝撃ほどの緊迫感があるように思われる。
 
 3・褒めてゆくひまはりの顎持ちあげて  平井さち子 『現代歳時記』成星出版
 (ほめてゆく ひまわりのあご もちあげて) ひらい・さちこ
 
 句意は、大輪のひまわりの花は重そうで下向きに垂れている。その下部の、人間でいえば顎であるひまわり花の下をすっと持ち上げて、「ひまわりさん、大きくなったわね」と褒めてあげましたよ、となろうか。
 
 この作品の素敵だなと思ったところは、「ひまはりの顎持ちあげて」である。ひまわりの花に対することと人に対するjこととは、平井さち子さんにとって同じ気持ちであったのだ。この優しさは、植物にも動物にも人間と同じように伝わるにちがいない。
 
 4・向日葵が好きで狂ひて死にし画家  高浜虚子 『六百句』
 (ひまわりが すきでくるいて しにしがか) たかはま・きょし
 
 句意は、向日葵の黄色い花が好きだった画家、その画家は心を病んで狂って死んでしまいましたよ、となろうか。
 
 この句は、「向日葵が好きで」と「狂ひて死にし画家」の二句一章の作品である。この画家が誰であるかは、4つものヒントとなる語からすぐ解るが、フィンセント・ファン・ゴッホである。
 ゴッホの作品は、「ひまわり」の画家とも言えるほど「ひまわり」を描いている。また他の作品でも、「夜のカフェテラス」「カラスのいる麦畑」「ファン・ゴッホの寝室」「糸杉」など黄色を用いている。しかも明るい黄色である。
 37歳の生涯で画家としては20年ほど。この間、800枚もの作品がある。ゴッホの狂気は、てんかん、躁鬱などいろいろ言われているが、亡くなったのは拳銃自殺であった。
 東京に、ゴッホ展があると、明るさとタッチの激しさが好きで、必ずのように観に行った。