つゝじこなら温石石のみぞれかな 宮沢賢治
「千夜千句」をスタートさせてから、俳句に纏わる書籍は出しておこうと書棚を調べた時に、以前に入手していた石寒太著『宮沢賢治の俳句』と再会したのだった。発表されている俳句作品は合わせて31句と僅かであるが、俳号は「風耿(ふうこう)」を用いていた。ここでは宮沢賢治としておく。宮沢賢治(みやざわ・けんじ)は、詩人、童話作家。明治二十九(1896)年、岩手県花巻市生まれ。昭和八(1933)年、37歳で亡くなる。
石寒太著に借りて掲句を紹介してみよう。
季語は「温石(おんじゃく)」で冬、石を焼いて体に当てて温める石のこと。実際に「温石石」という黒い石は長野県高遠辺にあるという。しかしこの句には、「躑躅」「温石」「霙(みぞれ)」と三つも季語があるとも言えるが、内容から躑躅は花の時期でないことは分かる。
句意は次のようであろう。
「躑躅や小楢、その近くにある温石石までもが霙に濡れてこごえているようですよ。」
この作品は、口語詩「五輪峠」の詩稿にメモのように書かれたもので、原詩の中の言葉が使われている。自作の詩から俳句も作る詩人・木下夕爾もいる。自らの発想を、詩と別の形にして発表することもある。そうしたことが分かると、逆に、俳句の内容も深く読みとることができそうである。
正月明け、車で30分ほどの場所にある茨城県立自然博物館の企画展に「宮沢賢治の世界」が展示されていることを知って出かけた。 「宮沢賢治の世界」の部屋には、イギリス海岸と名付けた地で収集した岩石も展示されていた。賢治の詩の難解さの一つに、空の色を岩石名で形容しているからという説明書きがあった。それは、ほんの一つの種明かしだけれど、すこし納得した。そして、なんと温石石となる蛇紋岩も展示されていた。もう一句紹介する。
狼星をうかがふ菊のあるじかな 賢治
「狼星(ろうせい)」は天狼星の中国名でことでシリウスのこと。古来からその赤い輝きの強さからか不吉な星といわれている。現代では冬の季語として使われるが、この作品の季語は「菊」である。賢治は花巻で行われた菊花品評会に寄せるために十六句の菊の句を寄せた。その中の八句目の〈狼星をうかがふ菊の夜更かな〉の下五「夜更かな」を、十六句目の「あるじかな」と推敲して、俳句の評価が増した作品である。
句意は次のようであろう。
「夜が更けるにつれて輝きを増してゆく天狼星を、菊師は心配そうにうかがっていますよ。」
賢治ワールドの「岩石」や「星」が詠み込まれた二句を、紹介させていただいた。