第六十五夜 岡田日郎の「雪嶺」の句

  雪嶺の中まぼろしの一雪嶺  岡田日郎
 
 2019年の俳人協会のカレンダーの、十二月を捲ったとき、岡田日郎の〈雪嶺の中まぼろしの一雪嶺〉の句に出合った。一と月の間、その太々と大らかな文字で書かれた色紙を朝に夕べに眺めながら、文字の奥に南アルプスや北アルプス、スキーでよく出かけた蔵王連山などを想像した。

 岡田日郎(おかだ・にちお)は、昭和七(1932)年、東京生まれ。福田蓼汀の「山火」に投句、蓼汀の没後、山火」主宰を継承。1993年、『連嶺』で第32回俳人協会賞受賞。百名山を踏破した一人で、山岳俳句を多く詠んでいる。俳句信条は「徹底写生」である。蝸牛社刊の俳句・背景シリーズ『山の四季』から二句紹介させていただく。

 掲句は次のようであろうか。
 
 雪山を登ってゆく作者。立ち止まって遠くを眺めると雪山が重なるように連なっている。雪山なのだけれども「雪嶺」の方がどこか荘厳であり、遥かな感じがするので、こう呼びたいという「雪嶺」の連なる白い世界のなかで、岡田日郎は幻のように浮かぶ雪嶺の一つに目をやっている。
 雪嶺を仰ぐとき岡田日郎は、中学生の頃に覚えたカール・ブッセの詩「山のあなたの空遠く/「幸」住むと人のいう」が浮かんでくるという。

 さらに「雪雲」の項には、「雪雲(ゆきぐも)」を「雪雲(せつうん)」と読んでほしいとして〈日の真珠光雪雲(せつうん)を溢れ出づ〉の作品が並んでいる。「日の真珠光」からは、自然の繰り出す造形美が見えてくるようである。雪を降らす雲、雪をふくむ雲は、「雪雲(せつうん)」としか呼びようがない雲なので、新季語になってほしいとも文中にあった。

 『山の四季』は、登山家・岡田日郎の山の作品と思いが詰まっているが、当然ながら、作者が一歩一歩と山を登ってゆきながら心身で感じとった、羨ましいような光景である。もう一句を紹介しよう。
 
  万華鏡廻すごとくに囀れり
 
 「囀」の最高潮は夜明けから日の出のころだという。一羽の囀りもいいが、屋久島の早朝に聴いたさまざまな鳥たちの「囀り」は大交響楽をしのぐとも劣らない壮絶なものであったという。