第六百四十五夜 清崎敏郎の「天の川」の句

 わたしたちは、氷砂糖をほしいくらいもたないでも、きれいにすきとおった風を食べ、桃いろのうつくしい朝の日光をのむことができます。
 またわたくしは、はたけや森の中で、ひどいぼろのきものが、いちばんすばらしいびろうどや羅紗や、宝石いりのきものに、かわっているのをたびたびみました。
 わたくしは、そういうきれいなたべものやきものをすきです。
 これらのわたくしのおはなしは、みんな林や野はらや鉄道線路やらで、虹や月あかりからもらってきたのです。
 ほんとうに、かしわばやしの青い夕方を、ひとりで通りかかったり、十一月の山の風のなかに、ふるえながら立ったりしますと、もうどうしてもこんな気がしてしかたないのです。ほんとうにもう、どうしてもこんなことがあるようでしかたないということを、わたくしはそのとおり書いたまでです。
 ですから、これらのなかには、あなたのためになるところもあるでしょうし、ただそれっきりのところもあるでしょうが、わたくしには、そのみわけがよくつきません。なんのことだか、わけのわからないところもあるでしょうが、そんなところは、わたくしにもまた、わけがわからないのです。
 けれども、わたくしは、これらのちいさなものがたりの幾きれかが、おしまい、あなたのすきとおったほんとうのたべものになることを、どんなにねがうかわかりません。
             『イーハトーヴ童話 注文の多い料理店』の序文より

 秋雨の続いた後の、再びの秋暑しの中であるが、昨夜からうつくしい夜空を見せてくれている。茨城県南の守谷の空に天の川が見えるかどうかわからないが、夜の犬の散歩で、犬は地べたを嗅ぎながら、私は天を仰ぎながら歩こう。
 
 今宵は、「天の川」の作品を見てみよう。
 
■1句目

  うすうすとしかもさだかに天の川  清崎敏郎 『東葛飾』
 (うすうすと しかもさだかに あまのがわ) きよさき・としお

 30年近く前の10月だったと思うが、家族旅行で北海道の知床半島へ行った時のこと。夕食後の海岸で、美しい夜空を見上げると、うっすらと1本の白い流れを見た。地上からは星々の形は見えないが、もしかして、これが天の川だろう。
 この時、作者の清崎敏郎の掲句を思い出した。
 
 掲句の句意は、天の川はうっすらと夜空にあるが、しかもそれだけではなく、はっきりと天の川の形をしているのが見えるのだと断定しているのだ。
 「うすすすと」「さだかに」は、反対の表現とも言えるが、2つの相反する言葉を並べ、客観的に無駄なく簡潔に描写されている。季題の「天の川」というものが、より鮮明になったのではないだろうか。
 このようにはっきりした天の川を眺めたのは、私は初めてのことだった。
 
 深見けん二主宰の「花鳥来」に入会して数年目であった私は、清崎敏郎先生と深見けん二先生は、ホトトギス時代からのお仲間であることを知った。「花鳥来」会員は、俳誌に作品鑑賞を書くことを練習していた。鑑賞をするには、句集を読み込んで充分な下調べをしなければならない。
 私も、この作品を含めて清崎敏郎作品の鑑賞を何回がさせていただいた。

■2句目

  銀河より聞かむエホバのひとりごと  阿波野青畝 『新歳時記』平井照敏編
 (ぎんがより きかむエホバの ひとりごと) あわの・せいほ

 句意は、秋の夜空の銀河を眺めていると、ふっと銀河から、イスラエル民族が崇拝した神であり、万物の創造主であるエホバの呟くひとりごとを聞いたように思った、ということになろうか。
 
 考えごとをしていたり、悩みを抱えていたりしたときなど、まるで何者かが返事をして答えてくれるように感じることがある。自問自答という言葉があるが、じつは、自分で考えて自分で答えを出していることである。
 だが宗教を持っている人、たとえば、カトリックの信者であれば「エホバ」または「ヤハウェ」、プロテスタントであれば「主(しゅ)」の教えを聞くことであろうか。青畝は昭和22年48歳で、カトリック教会に入信してをり、洗礼名はアシジのフランシスコであるという。
 
 青畝の俳句に「エホバ」とあるのは、ご自身がカトリック信者だったからであったのだ。