第六百四十七夜 富安風生の「露草」の句

 露草(ツユクサ)は、よく見ると不思議な形の花である。2枚の緑色の苞葉(ほうば)にはさまれるようにして目の覚めるような青色で、小さなシジミチョウのような形をしている。花の命は半日ほどで、お昼過ぎにはもうこの花の形は消えてしまっている。
 花はどこへ行ったのだろう。
 『細密画で楽しむ里山の草花100』の中で、植物細密画を描いた野村陽子さんは、「花はどこへ行ったのか不思議に思いながら描いていると、花は散るのではなくて、くるっと丸まって縮んでしまったのよ。」と話してくださっていた。
 
 花期は晩夏から初秋で、山野、路傍のいたるところで見受けられる。露草の名の由来は、露を含むから、露のおりている間だけ咲くからなど、いろいろ言われている。昔は染料として用いられたり、食用にもなり解熱剤や利尿剤としても使われたという。
 古くは、万葉集にある「つきくさに 衣色どり 摺(す)らめども うつろふ色と 言ふが苦しさ」から月草ともいい、蛍草、帽子草という別名もある。

 6月から9月にかけて1.5 – 2センチほどの青い花をつける。花弁は3枚あり、上部の2枚は特徴的で青く大きいが、下部の1枚は白くて小さく目立たない。雌蕊は1本で長い先端に何もついていない。雄蕊は6本で成り立っている。雄蕊がややこしい。雄蕊の4本は黄色い花に見え、雄蕊の残りの2本は長く伸びていて雌蕊に似ている。

 今宵は「露草」「蛍草」の作品をみてみよう。

■1句目:露草
  
  露草の露千万の瞳かな  富安風生 『現代俳句歳時記』角川春樹編
 (つゆくさの つゆせんまんの ひとみかな) とみやす・ふうせい

 露草の一面の野に出合ったのは、牛久沼の辺り。国道6号線沿いではなく沼の反対側の、田んぼを抜けた突端の小さな流れのあるところだ。芒原があり露草が咲いている。
 
 掲句の「露千万の瞳」とは、露草の青い花が満開で、花の1つ1つの瞳が、いっせいに富安風生を見ているように思われたのかもしれない。3枚の花びらの内の2枚が青い花びらでもう1枚は、蕊の下側に目立たない透き通っている露草の花は、きっぱりした青なので、まさに「瞳」である。

■2句目:つゆくさ

  ことごとくつゆくさ咲きて狐雨  飯田蛇笏  『現代俳句歳時記』角川春樹編
 (ことごとく つゆくささきて きつねあめ) いいだ・だこつ

 野につゆくさの花が一面に咲いている。その時、雨が振り出した。晴れているのに雨が降っているとは何かおかしい・・、これが狐雨というのであろうか。
 
 飯田蛇笏は、自身の住む笛吹市の野に咲き満ちている青いつゆくさの花を、雨の塊のような青い花を、そのとき降り出した雨を、不思議な感覚をともなう狐雨かもしれないと思った、ということだろうか。

■3句目:蛍草

  人影にさへ露草は露こぼし  古賀まり子  『現代俳句歳時記』角川春樹編
 (ひとかげにさえ つゆくさは つゆこぼし) こが・まりこ

 露草は露のおりている間に咲くとも言われ、朝方の露を含んだ露草に触れれば、露がこぼれる。古賀まり子さんは、たとえ触れてはいなくても、人影が近くに来たと感じるだけで、露草というのは露をこぼしますよ、となろうか。
 
 露草は露をたっぷり含んでいるから、気配だけでも、露をこぼすこともあるのだろう。
 
 露草の作品を鑑賞するに当たって、何冊かの植物の本で下調べをした。初秋の小道で見かけると、可憐な花だなあと立ち止まることも多かったが、改めて、複雑な形をした花であることを知った。