1862年8月29日の今日は、メーテルリンクの誕生日。久しぶりに、岩波少年文庫の『青い鳥』を出して読んだ。大人の小説も、少年少女小説も絵本も同じように、深さがあり、考えさせられることの多さを思った。
「思い出の国」から好きな箇所を1つ挙げてみよう。
「きょうあたり、生きている孫たちが、きてくれるような気がしますねえ。わたしの目の中で、うれしなみだがおどっていますもの。」と、おばあさんがいいました。(略)
「ぼくたち、きたくっても、こられなかったんです。きょうは、魔法使いのおばあさんのおかげで、こられたんですよ。」と、チルチル。
「わたしたちはね、いつでもここにいて、生きてる人が会いにきてくれるのを待っているんだよ。おまえたちが、思いだしてくれるだけでいいんだよ。そうすれば、このとおり目がさめて、おまえたちに会うことができるんだよ。」と、おじいさん。
「なあんだ、思いだすだけでいいのか。おどろいたなあ。」と、チルチル。
「もしみんながお祈りしてくれると、なおいいんだがね。お祈りすることは、思いだすことだからねえ。」と、おじいさんがいいました。
今宵は、8月から9月までの長い花期の「百日紅」を紹介しよう。
■1句目
炎天の地上花ある百日紅 高浜虚子 『ホトトギス 新歳時記』
(えんてんの ちじょうばなあり さるすべり) たかはま・きょし
「百日紅」は「さるすべり」または「ひゃくじつこう」と読む。この虚子の作品も「ひゃくじつこう」と硬い調子で読みたいところである。
句意は、次のようであろうか。この炎天下に、おそらく街路樹の百日紅は、濃いピンク色の花を毎日咲きつづけ、虚子が「地上花」と詠んだように地上に花を落とし続けている。
わが住む街の一角に百日紅の街路樹のつづく通りがある。花期が長いこともあって華やいだ雰囲気である。細かな花の1つ1つは丸くてくしゃくしゃとした小花が毬のように固まっていて、次々落ちてくる地上はピンク色で美しい。
「炎天の地上花」と捉えたところが凄い。「炎天」と炎天下を咲きつづける「百日紅」と、季重なりの句にしたことで、1句全体が、揺るぎない真夏の景となった。
■2句目
宝前の百日白に人憩ふ 高浜年尾 『ホトトギス 新歳時記』
(ほうぜんの ひゃくじつはくに ひといこう) たかはま・としお
句意は、詣でた神社には、白いサルスベリ「百日白(ひゃくじつはく)」が咲いていた。ピンク色の華やかな「百日紅」とは異なり、神社にふさわしい落ち着いた花の色であった。
お詣りしたあとには、「百日白」の木陰で憩う人たちの姿があった。
「百日白」の例句を探していて、出会ったのはこの1句だけであった。
■3句目
散れば咲き散れば咲きして百日紅 加賀千代女 『カラー図説 日本大歳時記』
(ちればさき ちればさきして さるすべり) かがの・ちよじょ)
「百日紅」は、インドやパキスタン原産の木で、中国を経て渡来したという。寺の庭などに植えられることが多い。百日紅の100日という散っては咲き、散っては咲き、夏から9月まで長い花期を楽しませてくれる。
加賀千代女(かがの・ちよじょ)は、〈朝顔に釣瓶とられてもらひ水〉などで知られる江戸中期(1703-1775)の女流俳人。
「百日紅」の鑑賞をするにあたり、百日紅の花のことを調べた。塊のように咲いているが、1つの花のように見えるのは花弁であって、百日紅の1花は、花弁が6枚と雌蕊1本とたくさんの雄蕊からなっている。
なんとも不思議な複雑な花であることを知った。