第六百七十五夜 小野靖彦の「月」の句

 今日は、別のテーブルの上いっぱいに「千夜千句」に紹介したい句集を積んでおいた中の、小野靖彦さんの句集『霜の声』が目に飛び込んできた。
 この句集は、残念ながら生前に出版することはできず、没後、奥様の小野チズ子さんが夫靖彦さんが1番望んでいたであろうとの思いから刊行されたものである。多くの方々に配られたが、「花鳥来」会員の私もご恵贈いただいた。
 
 次に紹介するのは、奥様のチズ子様へお出しした『霜の声』のお礼状である。読後の感動そのままであるが、作品の鑑賞を加え、作品を紹介させていただこう。
 
  小野チヅ子 様

 靖彦様の遺句集『霜の声』のご上梓おめでとうございます。句集を拝読させて頂きながら、花鳥来の皆と同じく私も、靖彦さんの温顔の眼鏡の奥の眼をさらに細めて喜ばれたことでしょうにと、お元気のうちであったらと、つくづく思っておりました。
 仕事を持っている私は、それほど多くの吟行をご一緒したわけではありませんが、平成四年の正月三日の早朝、北浦の白鳥と鹿嶋神宮をご案内して頂きました。あの日の茜色に染まった大白鳥の美しさは忘れることはできません。

 『霜の声』は、靖彦さんらしい句が鏤められていました。たくさんの好きな句から、ことに好きな句を挙げさせて頂きます。

  鴎翔ち白鳥だけの静けさに
  白鳥の育ち盛りの羽の色
  白鳥の胸低くして水に入る
  よくしやべる白鳥守にして若く
 北浦の白鳥は、その後又出かけました。改めて白鳥の動きの様々を思い出させてくれます。

  着ぶくれて少しゆとりも幸せも
  日向ぼこ若き日のこと打ち明けて
  春郊に米沢紬着こなして
  初春や妻に親しき話し声
 奥様のことは、「バレーボールをしているんだよ」とお聞きしたことがあります。作品の米沢紬は奥様かしらと思いました。

  ときめきて初釜出しでありにけり
 何句か陶芸の句がありましたが、お茶や陶芸も、ご趣味の一つでしたのでしょうか。

  初春や花鳥諷詠師の教へ
  初春や家訓なけれど師の教へ
 花鳥来の小句会「青林檎」でしばらくご一緒していましたが、いつも真摯に俳句に取り組まれていたこと思い出します。鹿嶋から高速バスで東京駅まで、そこから山手線で高田馬場の句会場まで2時間以上かかったと言っていました。

  何か音してそれつきり落椿
  仰がるる空蒼然と滝桜
  虫聞いてをれば農夫が来て話す
  点滴の管をひきずり七日粥
  加藤洲の大農なりし鯉幟
  人ゐなくなれば近くに鳰
  容赦なく水の揉み合ひ滝となし
 ○杜ふかく月の懸かりし御神木
  宿直と云ふ気の張りに霜の声
  梅咲いて村の要の寺なりし
  秋茄子や畑には畑の友がゐし
  もの言はぬ時も二人の息白し
  
■1句鑑賞 鹿島神宮

 ○杜ふかく月の懸かりし御神木
 (もりふかく つきのかかりし ごしんぼく)
 
 その後、私は夫ともう一度鹿嶋神宮を訪れた。長い歴史のある神宮の、樹齢1200年という杉の御神木をはじめ、境内には多くの巨木が空を遮るほどの参道は、心が引き締まるようであった。

 こうして、句集を繙けば必ず、靖彦さんがすうっと現れます。奥様もきっとそうだと思います。句集名の「霜の声」もいつまでも心に響いて来るようです。

  神の住む鹿嶋に冬の葬かな   みほ

 お礼が大変遅くなりましたが、本当に様々なことを有り難うございました。
 昨年は地震で鹿嶋市も大変でしたでしょう。ここ守谷市も被災地の端っこですけれど、さまざまに揺さぶられた思いがいたしました。
 今年は、安心の年になりますことを念じております。

                               花鳥来 あらきみほ