第六百八十七夜 深見けん二の「星祭る」の句

 深見けん二先生が令和3年9月15日の夜の10時50分に亡くなられた。33年間のご師事であった。当時蝸牛社という出版社をしていたことから、俳書の編集を多く手掛けていたこともあって、平成8年には深見けん二著『虚子の天地』を刊行するというご縁をいただいた。
 
 さらに、平成23年(2011)に日東書院から刊行した書、推薦者深見けん二・著者あらきみほ『図説・俳句』を作り上げる日々心に深く刻まれている。現代俳句の流れを書いてみないかという、日東書院本社の大西編集長からの依頼は、さらに図解で示すというワンステップ難しさの伴う依頼であった。
 
 深見けん二先生は推薦者としてお引き受けくださり、序文として「俳句の流れを俯瞰した好著――本書によせて」を書いてくださった。
 その1部を、次に紹介させていただく。
 
 もともと文学少女のみほさんは、その後ご主人と共に、『碧梧桐全句集』『俳句文庫』シリーズなどの編集を数多く手がけ、伝統俳句に限らず、新傾向、自由律、新興俳句、前衛俳句の幅広い作家の作品にふれ、それを読み通してきました。
 私は、「花鳥来」で、また他の機会にも、みほさんに作家論を書くことを積極的に勧めてきました。そしてそのまとめたものは、私の納得するものでした。
 みほさんは、虚子を学んでも虚子の周りの俳人たちに興味がゆきます。さらに虚子と違う俳句観を持つ作家にも興味を抱きます。
 そのことにより、本書が、子規・虚子を中心としても、公平に、俯瞰的に、子規以後の現代俳句の流れを書くことに成功したと思います。
 また、何をするにしても、基礎を頭から体の中に叩きこまずには前進できないという不器用な性格は、本書の編集にふさわしく、苦しみながらもきっと楽しんで仕上げたことでしょう。そのことによって、本書は、たいへん読み易いものになりました。
 俳句初心者ばかりでなく、現代俳句のこれまでの流れに興味ある方に是非読んでいただきたい一書として、この本を推薦いたします。
 
 本書の「あとがき」には、私はこのように書いていた。
 
 ほとんど何も知らずに俳句の世界に飛び込み、偶然に虚子の弟子の深見けん二先生に師事するようになりました。しかしこのことは、全くの偶然とは言い切れないご縁をいただいたと今では思っております。戦後の現代文学にどっぷり浸かっていて個の悩みや近代詩の好きな私に、けん二先生は何度も言いました。
 「俳句の詩と一般の詩とは違うのですよ。」
 「季題を客観的に詠んでも、あなたの個性は自ずから滲み出るのですよ。」
 「もっと季題を信じてよいのですよ。」
 今考えてみますと、気持ちが100%虚子に向いていなかった私を、けん二先生は見抜いていたのでした。

 私にとっては、本造りをご一緒する中で、著者であるけん二先生と直接にお会いしたこと、様々なことを教えていただく機会があったことを忘れずに、今、俳句の道を歩んでゆきたいと決意している。
 「花鳥来」の60数名という人数は、師が会員の誰もと、心がつながってゆける人数であった。結社のあり方として大変であったと思っているが、素晴らしい師と出合い、仲間がいたことが誇りである。
 
 けん二先生が、99歳・白寿という見事な一生であったことは重々承知してはいるが、先生がお亡くなりになって半月・・もう半月、まだ半月・・。
 奥様の龍子様からメールを戴いた。
 「本人。満足して旅になりました。ありがとうございました。」と。
 
 今宵は、「花鳥来」第123号、終刊号から作品を紹介させて頂こう。
 
■1句目

  百歳は近くて遠し星祭る  深見けん二
 (ひゃくさいは ちかくてとおし ほしまつる)

 3月5日生まれのけん二先生にとって、8月の星祭は99歳5ヶ月である。百歳になるには半年以上はあるだろうと思いながら、きっと、龍子奥様の飾り付けた品々で星祭をされたのではないだろうか。
 
 「近くて遠し」とは、こういうことであろうか。今までは、あっと言う間に1年が過ぎて歳を重ねてきた。もうすぐなれそうな百歳のように思われるのだが、なかなか百歳は遠いようだなあ、と。

■2句目
  
  露の身を励まし合つて老夫婦  深見けん二
 (つゆのみを はげましあって ろうふうふ)

 「露の身」とは、先生が99歳で奥様が88歳というご高齢の身のことであろう。これまでは龍子奥様がけん二先生が俳句界でのご活躍を支える側であったが、ともに老人ホーム「もみの木」に入られた。その直前くらいから奥様も体調を崩されたとお聞きしている。
 
 中七の「励まし合つて」の言葉から、御二人が、つねにお互いの体調を気遣い合う日々となっている様子が伝わってきた。

 最後の「折にふれて」は諷詠(調べ」であった。けん二先生が亡くなられた翌16日、私は、『深見けん二俳句集成』の『父子唱和』『雪の花』『星辰』『花鳥来』『余光』『日月』『水影』『蝶に会ふ』『菫濃く』と『菫濃く』以後を、読み、書き写して過ごした。深見けん二の清々しさの調べを身につけたいと願っている。