第六百九十三夜 中村汀女の「木犀」の句

 茨城県守谷市の守谷駅近くの、国道294沿いの龍泉寺の入口に、2本の大きな金木犀がよい香りを放っている。ちょうど信号待ちでいることが多いので、地に落花した橙色を愉しみ、甘い香を愉しんでいる。
 
 中国原産のモクセイ科の常緑樹で、江戸時代に到来したという。木犀の「犀」は動物サイのことであるが、木犀の幹の肌の紋様が東南アジアやアフリカに棲むサイの肌に似ていることから名付けられたという。
 
 金木犀は橙色、銀木犀は白い小花をびっしりと咲かせる。香気高いことでよく知られている。
 
 今宵は、「木犀」「金木犀」「銀木犀」の作品を紹介しよう。

■1句目・木犀

  夜霧とも木犀の香の行方とも  中村汀女 『中村汀女全句集』
 (よぎりとも もくせいのかの ゆくえとも) なかむら・ていじょ

 句意はこうであろう。夜霧が流れてきたのかと思ったら、これは木犀の香り。ちょうど香が流れ去ってゆく行方なのでしょう、となろうか。
 
 夜道を歩いていると、霧が流れているように感じたが、よい香りがしている。漂ってきているのは木犀の香で、霧と同じように木犀の香も、流れ来て、何処へか去ってゆくのだ。季題は「木犀」である。

■2句目

  妻あらずとおもふ木犀にほひけり  森 澄雄 『所生』
 (つまあらず とおもうもくせい においけり) もり・すみお

 句意はこうであろう。木犀がふわっと匂った瞬間、ああ、妻はもうこの世にはいないのだと思ったことでしたよ、となろうか。

 森澄雄は妻を詠んだ句がたくさんある。〈除夜の妻白鳥のごと湯浴みをり〉〈妻がゐて夜長を言へりさう思ふ〉があり、外出していた澄雄が玄関を開けるや、心筋梗塞で倒れて亡くなっている妻を見た。死に目に会えなかった妻を〈木の実のごとき臍もちき死なしめき〉と詠んだ。
 
 澄雄の妻俳句は、羨ましいほどであり、一方では、あの世の妻は照れくさがっているのではと思ったりする。
 毎朝のように仏壇の妻に話しかけ、そこで1句詠み、散歩に出れば、掲句のように「妻あらずとおもふ」なのであった。

■3句目・金木犀

  金木犀手鞠全円子へ弾む  野沢節子 『新歳時記』平井照敏編
 (きんもくせい てまりぜんえん こへはずむ) のざわ・せつこ

 句意はこうであろう。金木犀の落花は円を描くように木の下に落ちている。黄金色とも橙色ともみえる花の色は明るく、子どもたちが落花の円の中で手鞠をついている光景が一段と弾んでいるようですよ、となろうか。

 中七の「手鞠全円」はとても詰まった言い方である。が、その詰まった感じが、子どもたちの手鞠が時には金木犀の落花の円を外れたりすることもあるのだとうと、想像させてくれる。

■4句目・銀木犀

  富士に雪来にけり銀木犀匂ふ  伊東余志子 『新歳時記』平井照敏編
 (ふじにゆき きにけり ぎんもくせいにおう) いとう・よしこ

 句意はこうであろう。日本一高い富士山の初雪は、例年は10月の初めが多いが、2021年の初雪は少し早くて9月26日であった。銀木犀の花も香を放つころになりましたよ、となろうか。
 
 富士山の初雪は、他の山々に先駆けたころであることを詠んだ。