第七百二十九夜 山口青邨の「山茶花」の句

   草枕         夏目漱石

 山路(やまみち)を登りながら、こう考えた。
 智(ち)に働けば角(かど)が立つ。情に棹させば流される。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生まれて、画(え)が出来る。
 人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三間両隣りにちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。
 越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、寛容(くつろげ)て、束の間のいのちを、束の間でも住みよくせねばならぬ。ここに詩人という天職が出来て、ここに画家という使命が降(くだ)る。あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故(ゆえ)に尊(たっ)とい。
            (『現代日本文学全集 夏目漱石 三』筑摩書房より)
 
 今宵は、「山茶花」の俳句を紹介しよう。
 
 山茶花は椿と似ているとも言われるが、3つの違いがある。1つ目は、散り方の違いで、山茶花は花びらがバラバラに散り、椿は花首からぽとりと落ちる。2つ目は、山茶花は、10月頃から咲き始め、12月ころから咲く椿よりも花期が長い。3つ目は、花の形が異なっている。山茶花は、花が平面的で薄く、椿は、花が筒状で厚みがある。
 さて、実際に俳句で見てみよう。
 
■1句目

  山茶花の散りしく月夜つづきけり  山口青邨 『冬青空』
 (さざんかの ちりしくつきよ つづきけり) やまぐち・せいそん

 山茶花の多く植えられた公園で、散り敷くさまを眺めていたとき、1枚1枚の薄くやわらかな花びらは、細長いハート型をしていることに気づいた。八重の山茶花の花びらの枚数はどれくらいだろう、決まっていないようであるがかなりの数がふわっと、花が解けるようにこぼれ落ちる。
 
 山口青邨宅には、雑草園と名づけた大きな庭がある。毎夜、遅くまで資料を読み、原稿を書き、俳句を詠む日課の青邨は、一日の仕事を終えると、月光を浴びながら散り敷く山茶花を眺める月の夜々があったのであろう。

■2句目

  山茶花の長き盛りのはじまりぬ  富安風生 『富安風生全集』講談社
 (さざんかの ながきさかりの はじまりぬ) とみやす・ふうせい

 句意は、いよいよ山茶花の長い花期が始まる。それは山茶花の花が咲き、且つ、一面に地に散り敷かれるということですよ、となろうか。

 中七の「長き盛り」に山茶花の命の全てが言い尽くされているようである。

 山茶花の垣根のある家、高垣に設えてある家を、現在住む茨城県に広がる田んぼの中に見たことがあるが、白山茶花の垣根であった。10月から12月くらいまで花が咲き、大地に落花を散り敷いていた。

■3句目

  山茶花は白一色ぞ銀閣寺  小沢碧童 『碧童句集』中央公論事業出版
 (さざんかは しろひといろぞ ぎんかくじ) おざわ・へきどう

 句意は、銀閣寺に咲いている山茶花はどれも白一色でしたよ、となろうか。
 
 さすが銀閣寺・・銀色に似合うのは白、白い花であればこその銀閣寺、白山茶花で統一してあったという。「ぞ」は強調の意。

■4句目

  山茶花の真白に紅を過まちし  高浜虚子 『七百五十句』昭和31年
 (さざんかの ましろにべにを あやまちし) たかはま・きょし 

 山茶花の花の色は、白、ピンク、濃いピンク、色がほんのり混ざっているものもある。白山茶花といっても、完璧な真白というのはなかなか見つからない。
 
 掲句は、白山茶花だと眺めていたら、ちらっと赤が混じっていることに気づいたという句意である。
 「紅を過まちし」とは、造化の神様がちょっと手を滑らせてしまったのか、紅色が混ざっていたということであろう。詩的な発想である。昭和31年、虚子82歳の作である。
 
 山茶花は、咲いている花よりも「散る、散り積もる」光景に惹かれて詠むことが多いようである。