第七百三十四夜 鎌倉佐弓の「枯芒」の句

 枯芒を見て、「あっ、いつも揺れていた芒が、動いていない!」と気づいたのは、それほど昔のことではなく、10年ほど前のことであった。俳句の仕事に携わって50年ほど、俳句を詠みはじめてから30年以上は経っているのに・・、見ているはずなのに・・、気づいて納得するには、年月が必要なのであろうか。
 
 今日、車で30分ほどの茨城県常総市の弘経寺の紅葉が見たくて出発した。秋には曼珠沙華を見に行った寺院である。その頃の道々は、芒も風に吹かれて美しく靡いていて、芒の葉も触れれば切り傷になりそうな鋭い輝きをしていた。

 守谷市内を外れると、道の両側の草叢の奥に、目立っていたのが枯芒であった。芒の穂は、もじゃもじゃに白くけばだっていて、しかも揺れていなくて、身じろぎひとつしていなかった。

 今宵は、「枯芒」の作品を見てみよう。「枯尾花」ともいう。

  一本の芒ほゝけて枯るゝまで  高浜虚子 『七百五十句』昭和31年12月10日 
 (いっぽんの すすきほおけて かるるまで) たかはま・きょし
 
 昭和31年12月10日の作である。偶成とある。中七の「芒ほゝけて」は漢字表記では「芒蓬けて」であり、芒の穂がほつれ乱れて、そそけだっていることである。虚子は、庭の芒を毎日のように眺めていたのであろう。そして、美しい1本の穂芒が終に、ほつれ出し、そそけだち、ぼうぼうとして枯れてしまったのであった。そうした間の、ふとした時に生まれた句であったのだ。
 下五の「枯るゝまで」とは、穂芒の最終段階の「もじゃもじゃの穂は、風に戦ぐこともなく、動かない」という状態になったのであった。

 次の、富安風生の作品も、庭の芒であろう。毎日のように、芒の穂から花芒となり、枯芒となる様子を事細かに眺めていた。芒の枯れるまでの一部始終の美しさを「仔細」という言葉で表したことで、読み手には、芒の一生の姿を浮かべることができるのではないだろうか。
  
  美しく芒の枯るる仔細かな  富安風生 
 (うつくしく すすきのかるる しさいかな) とみやす・ふうせい

 もう1句、紹介させて頂こう。

  芒すすき光を生んで枯れている  鎌倉佐弓 『現代歳時記』成星出版
 (すすきすすき ひかりをうんで かれている) かまくら・さゆみ

 冬になって芒は枯れ尽くすと、穂の部分に限らず、葉も茎も全体が白っぽくなってくる。その枯芒が、冬晴れの風が吹いている日には、きらきら輝くように揺れている。
 
 その燦めいている芒を鎌倉佐弓さんの詩心が、「芒よ芒よ、あなたは光を生んだから、いまは、枯芒になってしまったのね」と、芒に思わず呼びかけるような心持ちになったのであろう。
 
 「生む」とは、物事を新たに生じさせること。「枯芒」とは、枯れることによって「光を生む」という、新たな生命を生み出した姿ということになる。   
 「光を生む」とは、なかなか詠めるものではない。