第七百四十一夜 進藤草雨の「息白し」の句

  大正時代の子どもみたい
  
 ノンちゃんはよくお家で本を読んでいます。風の子タロくんは一日中外で遊びます。寒さなんかへっちゃら、上着の袖口などは洟(はな)をふくのでてらてらと光っています。
 タロくんは、「大正時代の子どもみたいだねえ。」とへんに感心されますが、眼をきらきらさせて大声でしゃべっている白い息は、まるで漫画のふきだしのようでした。 (『名句もかなわない子ども俳句170選』あらきみほ編著)

 冬の季語「息白し」「白息(しらいき)」とは、寒くなって大気が冷えると吐く息が白く見えること。早朝の犬の散歩などで、ああ、冬が来たなあ、と実感している。犬の息はどうなっているか見たいのだが、杖をつきながら、綱を引っぱられながら、犬の口元を見ることはできない。大型犬なので、こちらが油断すると、数日前にもやってしまったが転んでしまうことがある。

 今宵は、自分の吐く息のことなので、「息白し」が様々に詠まれている。見てみよう。

  息白くなるかと息を吐いてみし  進藤草雨  『ホトトギス新歳時記』
 (いきしろく なるかといきを はいてみし) しんどう・そうう

 12月の急に寒くなった朝、玄関を開けた瞬間、今日は寒いなあ、息を吐いたら白くなるだろうか・・どれくらい白いかしらと、大きく息を吐いてみる。会社に行くお父さんも、学校に行く子どもたちも、きっと誰もがやってみたことがあるだろう。
 白息が出るということは、即ち大気が冷え込んでいるということだから、気持ちを引き締めて出かけよう。

  息白くして愛しあふ憎みあふ  鷹羽狩行 『現代俳句歳時記』角川春樹編
 (いきしろくして あいしあう にくみあう) たかは・しゅぎょう

 恋人同士時代の2人かしら。知らない者同士から恋は始まり、少しずつ互いにわかり合おうとする・・その過程での、愛の言葉も、もっとよく知ってもらうためのすれ違いを訂正する喧嘩も、あるいは終に喧嘩別れの時も、真冬であれば、すべての言葉は白息とともに飛び出るのだ。
 結婚後55年経っていても、まだ知らないことが多いもので、わが夫婦もよく喧嘩している。

  青年の一語一語の息白し  島津 亮 『現代歳時記』成星出版
 (せいねんの いちごいちごの いきしろし) しまず・りょう

 この作品の「青年」とは、軍隊のようにも、部活の朝練のようにも感じられた。軍隊であれば上官、部活であれば教師か先輩が、笛を吹いて青年たちを整列させて、予定を話し出す。
 「青年の一語一語」は、「ハイっ!」という返事にちがいない。冬の朝の、青年たちの口から出る一語一語は、みな白息であったのだ。

  人の老美しく吐く息白く  富安風生 『現代俳句歳時記』角川春樹編
 (ひとのおい うつくしくはく いきしろく) とみやす・ふうせい

 「人の老」は、男性であっても女性であってもよいが、素敵な年を重ねることのできた人たちである。動作もゆったり、お話もゆったりできる老婦人にどうしたらなれるのかしら・・動作もお話も、一つ一つ、相手のことも考えながらであると、ゆったりが身につくようになるのであろうか。
 ゆったりした中で吐く白息からは、美しい老いを迎えることのできた人生を窺うことができようか。