第七百四十八夜 木村真由美の「サンタクロース」の句

    もみの木     アンデルセン
   
 「ああ、どうかして、そんなはなばなしい運がめぐってこないかなあ。」と、もみの木は、とんきょうな声をあげました。「はやく、クリスマスがくればいいなあ。わたしはもう、去年、つれていかれた木とおなじくらい、せいが高くなったし、すっかり大きくそだってしまった。――ああ、どうかして、はたく荷車の上に、つまれるようになればいいなあ、そして、目のさめるように、、りっぱになって、あたたかいへやに、すみたいものだなあ。だが、それからはどうなるのだろう。たぶん、それからは、もっといいことがおこるだろう。もっとおもしろいことに、ぶつかるだろう。もしそうでなければ、そんなにきれいに、わたしたちをかざっておくはずがないなあ。きっとなにか、たいしたことがおこるんだろう。すばらしいことが、やってくるんだろう。だがそれはなんだろうなあ。」 (『新訳アンデルセン童話集第2巻』楠山正雄訳)
 ※このお話の最後・・是非読んでみてください。

 今宵は、「聖夜」「サンタクロース」と「クリスマス」の作品を紹介しよう。

■聖夜
 
  祷りは歌に歌は祷りに聖夜更く  下村ひろし 『西陲集』
 (いのりはうたに うたはいのりに せいやふく) しもむら・ひろし

 青山学院高等部時代、毎日1時間目の授業の後は、全校生徒が講堂に集まって30分のチャペルの時間があった。讃美歌を歌い、聖書学の先生のお話があり、もう1曲讃美歌を歌う。クリスマスのある4週間前から待降節(アドベント)となる。燭台の4本のローソクが1週目は1本灯され、4週目には4本灯る。パイプオルガンの伴奏も演奏も重厚な音色であったことを懐かしく思い出すことがある。
 
 讃美歌の歌詞は、祷りの言葉そのもの。聖夜の教会で讃美歌を共に歌うことは、まさに「祷りは歌に歌は祷りに」の時である。讃美歌から312番「祈祷」の歌詞を紹介してみよう。
 
  いつくしみ深き 友なるイエスは、
  罪とが憂いを とり去りたもう。
  こころの嘆きを 包まず述べて。
  などかは下(おろ)さぬ、負える重荷を。

■サンタクロース
 
  パーティにサンタの席もつくつておく  小6 木村真由美 『小学生の俳句歳時記』
 (パーティに サンタのせきも つくっておく) きむら・まゆみ

 お家でのクリスマスであろう。あらっ! 誰も座っていないのに、御馳走のお皿もフォークやナイフも並べてある席が1つあけてありますよ! 真由美さんは「サンタさんのお席よ!」と言って、澄ましている。
 
 6年生の真由美さんには、もうわかっていた。お父さんがサンタさんだということが・・。でも、弟も妹も、みんな24日の夜にはサンタさんが来るのを楽しみにしている。お父さんがサンタさんとわかっていることは、黙っていよう!
 その気持が「サンタの席もつくっておく」なのであった。

■クリスマス

  やつかいな妹の来るクリスマス  栗島 弘 『遡る』
 (やっかいな いもうとのくる クリスマス) くりしま・ひろし

 自分の友人知人の集まるクリスマス。たまたまその日は空いているから「わたしも行くわ」と、妹からの電話だ。妹がクリスマスにやって来ると言うのだ。栗島さんにとって、その妹は「やつかいな妹」であるという。
 「やっかいな」とは、たとえば身内である妹の行動を、栗島さん自身が、他人(ひと)はどう感じるだろうと気にかかってしようがないことが「やっかいな妹」なのかもしれない。
 だが妹も大人。兄が案ずることはなく、よいクリスマスであったにちがいない。