第七百五十一夜 高橋すゝむの「冬木立」の句

    リア王         シェークスピア

 エドガー (傍白)条理と不条理とが混淆(ごっちゃ)になってゐる! 狂気の中にも理性が働く。(狂人語(きちがいことば)の中にも道理がある。
    エドガーもグロースターもこらへかねて泣く。
 (略)
 グロースター あゝあゝ、情けないことぢゃ!
 リヤ王 吾々は生まれると号(な)、なんでこんな阿呆ばかりの大舞台へ出て来たかと思うて。・・や、こりゃ良い山形(やまがた)ぢゃ。氈(うすもの)で騎兵の馬の沓(くつ)を包む、そいつは巧い謀計(はかりごと)ぢゃわい・実験して見よう。・・さうして窃(そっ)と、婿共の寝込みへ押寄せたが最後、それ、やッつけろ、やッつけろやッつけろ! (『ザ・シャークスピア全戯曲』坪内逍遥訳 第三書館)

 今宵は、「冬木立」の作品を見てみよう。
 

  雨降りていよいよ黒し冬木立  高橋すゝむ 『すゝむ句集』
 (あめふりて いよいよくろし ふゆこだち) たかはし・すすむ

 句意はこうであろう。葉を落とした冬木立は、日に当たっていない幹や枝々は、焦茶というより黒ずんでいる。降りしきる冬の雨に濡れて、雨が幹や枝に染み込むにつれて、いよいよ黒い色になってきている。
 
 「いよいよ黒し」から、冬の雨の降る強さが伝わってくる。
 
 「いよいよ」は、前よりもなお一層、ますますの意である。お能には激しく舞う『道成寺』などの「急の舞」、『安宅』などの「男舞」があるが、「いよいよ」にはそのようなスピードのある変化を感じさせる。
 能楽師高橋すゝむならではの「いよいよ」の表現ではないだろうか。
 
 高橋進は、宝生流、シテ方の能楽師であり、「ホトトギス」では俳号高橋すゝむとして虚子の弟子であった。
 虚子が亡くなったのは和35年4月8日。その2日前の4月6日に、宝生流能楽師・高橋進や安倍能成が見舞ったとき、虚子の妻・いとの頼みで虚子の枕頭で謡ったのが虚子の好きだった「鞍馬天狗」であったという。

 今日は冬晴れであったが、昨日1日降り続いたどしゃ降りの雨で、犬の散歩で通る畑道はぬかるんで、水たまりが出来ていた。畑の片側は木立があって、雨の染み込んだ深い色になっていた。


  貨車遠く尾を曳き行けり冬木立  鮫島交魚子 『ホトトギス新歳時記』
 (かしゃとおく おをひきゆけり ふゆこだち) さめじま・こうぎょし
 
 貨車は、どこで見かけても長い。どのくらいの車両編成なのか調べてみると、最大26両編成で、10トントラック65台分の荷物を運ぶそうである。鮫島交魚子は「ホトトギス」の同人で、長野県出身であるが、北海道に住み、1955年、設立した北海道俳句協会の初代会長。北海道俳句協会は、俳人協会・現代俳句協会・伝統俳句協会といった垣根を取り払って道内の俳人が集い、切磋琢磨する場であるという。

 この貨車は北海道の大平原をゆく貨物列車であろう。どこまでも続く冬木立の中を、長々と尾を曳きながら振りながら走っている。『鉄道員(ぽっぽや)』映画で見た風景が蘇ってきた。