第七百六十一夜 戸川稲村の「アイスホッケー」の句

 来むといふも来ぬあるを
  来じといふを
   来むとは待たじ
    来じといふものを
              大伴坂上郎女 四ー五二七
 
 【訳】来るといってもこないときがあるのに、来ないと言っているのに来るのを待ちませんよ、
    来ないといっているのだから。
 
 この歌は各句の頭は「こ」で統一されています。そのような言葉遊びと、反復と、機知あふれた歌です。機知のある恋の歌はこの当時の歌の一つの特徴でもありました。
 大伴坂上郎女(おおとものさかのうえのいらつめ)は、異母兄に旅人(たびと)、甥に家持(やかもち)を持ち、万葉集の女流歌人としては最大の数の歌を残した歌人でした。

 今宵は、冬のスポーツの「スケート」に関する作品を紹介しよう。

■アイスホッケー

  アイスホッケー一列となり敗れ去る  戸川稲村 『新歳時記』平井照敏編
 (アイスホッケー いちれつとなり やぶれさる) とがわ・とうそん

 句意は、試合が終わると、勝者と敗者は横一列に並ぶ。勝者のチームが勝ち名乗りを受け、トロフィーや賞状を受け取っているところを、敗者のチームが並んだまま、眺めているところである。無念の表情まで伝わってきそうだ。
 
 大学時代、友人のお兄さんが妹に用事があって、集いの場でもある学食に立ち寄った時、間近で見たが、アイスホッケーの防具服を着たままの姿は迫力があった。スケート靴を履いての試合は、グラウンドのホッケーに比べると格段にスピード感に溢れている。スティックで円盤のボールを弾いてゴールに叩き込む。スティックに当たればさぞ痛いであろう。

 戸川稲村(とがわ・とうそん)は、1912年(明治45、大正元年)、東京都出身。石田波郷に師事し、「鶴」同人。神奈川県鎌倉市在住。

■スケート
 
 1・スケートや月下に霞む一人あり  鈴木花蓑 『現代俳句歳時記』角川春樹編 
  (スケートや げっかにかすむ ひとりあり) すずき・はなみの

 作者が眺めているのは、冬い夜の川辺か沼辺。寒月光が氷結している水面に鈍い光を放っている。その時だ。ゆっくりとしたスピードで月下をゆくスケートの男が一人いるではないか。月の光をうけて霞んで見える。
 月明かりの下とはいえ夜の氷上である。どんな気持ちで滑っているのだろう。孤独になりたかった。今の自分に打ち克とうとして、挑んでみたかった、というのであろうか。
 
 「一人」は、青年であるにちがいない。
 
 鈴木花蓑(すずき・はなみの)は、明治13年(1880)―昭和17年(1942)、愛知県生まれ。大審院書記。1915年に「ホトトギス」に初めて入選する。西山泊雲とともに大正末期の「ホトトギス」を代表する作家であり、高浜虚子の提唱した「客観写生」を忠実に実践し、題材を見つけると2時間でも3時間でも動かなったという。没後に『鈴木花蓑句集』を刊行した。