双葉山の連勝ストップ 澁澤龍彦
現実の国技館では双葉山が連勝をつづけているが、紙相撲の世界では、必ずしもそうではない。そこがおもしろいので、私たちはいつしか現実と紙相撲のとを混同しはじめるのであった。(略)
父が相撲好きで、銀行の取引先に招待されることが多かったので、私もそれに便乗して、子どものころは、しょっちゅう両国の国技館に通っていたものである。
昭和14年1月15日、春場所の4日目にも、当時小学校4年生の私はちゃんと升席で観戦していた。知る人ぞ知る、この日は双葉山の69連勝がストップした日である。 (『日本の名随筆68 紙』作品社より)
第35代目横綱双葉山は、当時は春と夏の年2回場所というなかで約3年間勝ち続けた。12回の優勝のうち全勝優勝が8回、相撲史に輝く力士であった。ちなみに現在は年5回場所である。
今宵は、「初場所」の作品をみてみよう。
■1句目
初場所や花と咲かせて清め塩 鷹羽狩行 『現代歳時記』成星出版
(はつばしょや はなとさかせて きよめじお) たかは・しゅぎょう
清め塩を大量に撒く力士をソルトシェーカーと呼ぶという。ソルトシェーカーとは塩入れのことで、、家庭では「お塩とって!」と言うが、レストランの厨房ではソルトシェーカーである。
最近知ったのだが、前頭十一枚目の伊勢ヶ濱部屋の力士照強(てるつよし)が、自ら撒いた塩に足を滑らしそうになったほど大量に塩を撒くという。昨日今日と改めてよく見た。さほど大量の塩とは思わなかったが、小兵であり、塩を撒く大きな身振りは、自らを大きく見せることもできるにちがいない。
かつて水戸泉という力士の撒き方が盛大だったと言われるが、確かに、高々と大量に撒く塩はカメラのアングルによっては大雪に降られているようでもあった。
鷹羽狩行氏の観た初場所のソルトシェーカーは誰であったのだろう。「花と咲かせて」の中七から、見事な撒き方と大量の塩であったことが想像できる。まるで花吹雪に吹かれているようである。
■2句目
初場所やかの伊之助の白き髯 久保田万太郎 『新歳時記』平井照敏編
(はつばしょや かのいのすけの しろきひげ) くぼた・まんたろう
「伊之助」とは、式守伊之助のことで立行司である。関取と同じで格付けがあり、横綱と同じで行司の最高位の行司名である。土俵の上では絶体的権力者で、行司が勝名乗りを挙げると、先ず覆ることはない。時には審判から「もの言い」が付くことがあるが、4人の審判が土俵に上がって協議をし、行司に伝えて「軍配差し違え」となることもある。
相撲は昔から毎場所、テレビ観戦を欠かしたことはない。
句意は、土俵の上ではこのような確固たる使命を担う立行司・伊之助は、頬に白い立派な髯をはやしていましたよ、となろうか。
土俵の最高位であった伊之助が、白い髯をたくわえていたことは尤もであろう。江戸っ子の久保田万太郎が、相撲好きであったことは有名である。
2022年の初場所は、今日で11日目である。照ノ富士が優勝してくれるといいな、と願っている。