第八百五夜 大石悦子の「節分会」の句

 平成9年2月2日、私の父が亡くなった。俳号は、名字の重石(しげいし)を、志解井司(しげい・つかさ)と表記していた。あらきみほ句集『ガレの壺』(平成9年11月10日刊行)には、父の死の作品を20句ほど収めた。命日が節分の前日であったことから、「節分」を季語として詠んだものもある。
 
  豆打たば父まで消えてしまひさう
  豆撒くや闇にはだかる父尉(ちちのじょう)
   ※父尉とは、式三番(しきさんばん)における役の名。また役専用の面の名。
  豆打つて常世の国へ迷ひしや
  春の葬ちちもわたしも一人つ子
  たましひは一輪の白クロッカス (あらきみほ句集『ガレの壺』より)

 今宵は、「節分」「鬼豆」「豆撒」の作品を紹介しよう。 ※「鬼やらひ」 やらふ(遣らう)は、追い払う

■1句目

  伸べし手の闇に吸はるる節分会  大石悦子
 (のべしての やみにすわるる せつぶんえ) おおいし・えつこ

 ガラス戸を大きく開けて、「鬼は外~!と叫びながら用意していた鬼豆を力いっぱいに投げつける。闇には鬼がいるかどうか本当は分からなかったが、幼い頃には、鬼ってなんだろう? 家の中に居てはいけないのかなあ! と考えていた。
 
 この作品の怖いところは「伸べし手の闇に吸はるる」の部分だ。鬼を退治しようと手を出して豆を投げた。ところが「闇に吸はるる」なのである。闇には鬼が待ち構えていたのだ。うっかり手を伸ばすと、鬼から手を引っぱられてしまい、鬼という悪者の手先にならねばならぬのだ。
 
 大石悦子は、1938(昭和13年)舞鶴市の生まれ。「鶴」の石田波郷に所属し、同人。2021(令和3)年、句集『百囀』で第13回小野市詩歌文学賞及び第55回蛇笏賞を受賞。

■2句目

  欲といふ鬼が豆打世也けり  高桑闌更 『半化坊発句集』
 (よくという おにがまめうつ よなりけり) たかくわ・らんこう

 本来は鬼が人間に追い払われるものであるが、掲句の場合は違う。「欲といふ鬼」とは、人間に住みついている鬼のこと。あるいは鬼の顔が折折に出てきてしまう人間であろう。近頃は少し違っている。人間のもつ「欲といふ鬼」が出てきて、人間のもつ善良さを豆で打ち倒してしまうという場面も出てくるのだ。
 
 高桑闌更は、享保11年(1726年)- 寛政10年5月3日(1798年6月16日)、江戸時代中期~後期の俳諧師である。蕉風の復興に努め、天明の俳諧中興に貢献。『中興五傑』の一人。
 

  節分と知つてや雀高飛んで  森 澄雄 『新歳時記』平井照敏編
 (せつぶんと しってやすずめ たかとんで) もり・すみお

 今日が節分であることは雀は知っている。「雀高飛んで」とは、鬼豆が飛んできても当たることのないようにと、雀はさらに高く飛んで行きましたよ、となろうか。
 
 今日は、本当は2月4日の「立春」です!