第八百九夜 高橋笛美の「クロッカス」の句

 つくば市から学園東大通りを北上した天久保4丁目に、筑波大学キャンパスの入口が見えてくる。そして、学園東大通りの反対側の天久保4丁目には、つくば植物園の入口がある。筑波大学キャンパスとつくば植物園は、ちょうど学園東大通りを挟んだ両側にある。
 
 わが家から裏道を走ると、およそ30分ほどでつくば植物園に行ける。全ての植物に名札が立てられている。年に4回、四季折々を目指していたが、コロナ禍となってからの行動範囲は減ってしまっている。昨年の秋、久しぶりで娘と出かけたが、園内ですれ違う人の少なさと、園内の広さに、改めて心細くなってしまったほどであった。
 クロッカスとサフランは花の形がよく似ている。クロッカスは高さ10センチほどで葉は細く、早春、葉の間に白、黄、紫の花をつける。ヨーロッパの原産。同属で、秋咲きのサフラン(洎夫藍)は淡紫色で薬用や染料とされる。サフランライスのように香辛料にも用いる。
 つくば植物園の入って直ぐの植木鉢にも花畑にも植えられていて、黄色と紫色の花に気づいたことがある。
 
 小学校の理科の授業で、水栽培をしたことがあったが、ヒヤシンスとクロッカスだったと記憶している。担任の先生でもあった久田先生は、実験を取り入れた授業が多かった。
 
 今宵は、「クロッカス」の作品を紹介しよう。

■1句目

  土覚めてをりクロッカス花かゝぐ  高橋笛美 『ホトトギス新歳時記』
 (つちさめてをり クロッカス はなかかぐ) たかはし・ふえみ

 早春、土を押し広げながら、土の中から黄色いクロッカスの花がポッと咲き出たところなど、じつに愛らしい。
 高橋笛美さんは、こう考えた。春になって土が目覚めた。土は、今まで地下で抱いていたクロッカスに向かって「クロッカスよ、もう春ですよ、起きて、土から出て、花を咲かせなさい。」と言ったと。
 
 春になって目覚めた土は、クロッカスの花を、人間に愛してもらうことができるように、地上へ高く持ち上げたのだ。

 クロッカスの花を、「花かゝぐ」と詠み止めたことがすばらしいと思った。丁寧な描写であり、且つ鋭い描写である。

■2句目

  クロッカス少女の耳を持つときも  あらき・みほ 『ガレの壺』
 (クロッカス しょうじょのみみを もつときも) 
  
 この作品は、練馬区光が丘のカルチャーセンターの深見けん二教室に出句したものである。中七下五の「少女の耳を持つときも」が、仲間の論議の的になったが、賛否は分かれた。
 けん二先生は、それぞれの方々の意見をじっくり聞いてくださった。
 「少女の耳がいいですね。クロッカスの、花の咲き様が見えるようです。」

 客観写生、客観描写を重んじる先生は、「ものを、よく見るのですよ。」と仰っしゃる。しかし、見たままを、そのまま俳句に詠むだけではない、そこに作者の感性や心が見えるといいですね、とも仰っしゃる。
 
 あらきみほ句集『ガレの壺』の序文の中で、けん二先生は「みほさんの個性的な感覚の句である」と、書いてくださった。