第八百四十三夜 平井照敏の「雲雀」の句 

 東京から年末の12月に転居したわが家は、先ず花見の場所を調べた。見つけたのは小貝川には流れを調節するための福岡堰である。土手の道は、春には桜の並木道になることを知った。一番に惹かれたのは、その桜並木の1.8キロという距離の長さであった。その日から、土日の度に夫と私の母を連れて福岡堰を歩いた。お花見場所の下調べであった。
 花の咲く頃、小学校時代からの親友の和子さんご夫妻を誘って、福岡堰のお花見をした。和子さんの小柄な身体は弾けんばかりに喜んで、葦原隠れに走り回っていた。
 
 雲雀に出合ったのは、この福岡堰の広い原っぱであった。
 
 この年、私たちは60歳にはなっていた・・! その日、この自然豊かな地で句会を作ろうということに決まった。句会「円穹(えんきゅう)」である。茨城県南の空は、まさに360度。メンバーは和子さんご夫妻にお任せした。東京と千葉の方々で、始まった句会は、いつの間にか20名を越えていた。
 
 月1回の句会は8年間続き、気候のよい時期には車に乗り合わせて、茨城県南を吟行した。
 
 今宵は、「雲雀」の作品を紹介しよう。

■1句目

  雲雀落ち天に金粉のこりけり  平井照敏  『現代歳時記』成星出版
 (ひばりおち てんにきんぷん のこりけり) ひらい・しょうびん

 「天に金粉のこりけり」とは、天に上ったときの鳴き声と落ち方から感じたものと思われるが、まさに、詩人でもある平井照敏らしさの表現である。
 
 身を震わせて天に上ったり、地上にまっすぐ落下してくる雲雀である。天に上ったときには鳴き声とともに金粉をブルブルっとふるい落してくるのではないだろうか。

 『現代歳時記』には、こう書いてあった。
 「囀りがいかにも春らしく、中空でうたい、一直線に地におりる。これを落ちると言う。麦畑や河原の草に巣を作るが、巣を離れて落ち、草かげを歩いて巣にいたるので、巣を見つけることはむずかしい。」と。
 
 福岡堰でお花見をしたとき、私たちの持ち寄ったお弁当をひろげた絨毯のすぐ近くで、雲雀が落下して再び飛び立つ瞬間を見た。確かに、落下した場所から、少し離れた位置から飛び立ってゆくのを見た。子育て中の巣があることを知られたくなかったにちがいない。

■2句目

  まりそれてふと見附たる雲雀かな  小林一茶  『現代歳時記』成星出版
 (まりそれて ふとみつけたる ひばりかな) こばやし・いっさ

 「まり」は毬。一茶の句は、毬つきをしていたときのことだ。毬から手がそれて転がってしまった。毬を追いかけて、原っぱに見つけたのが雲雀でしたよ、となろうか。
 
 この作品からも、草原に作るという、雲雀の巣作りの場所を知ることができた。

■3句目

  オートバイ荒野の雲雀弾き出す  上田五千石  『新歳時記』平井照敏編
 (オートバイ こうやのひばり はじきだす) うえだ・ごせんごく

 この作品も、荒野の茂みに作った雲雀の巣を、荒野を走ったオートバイが知らずに弾き出してしまった、ということだろう。「弾き出す」とは、オートバイに驚いた雲雀が、慌てて草原から飛び出したということだろう。

  わが背丈以上は空や初雲雀  中村草田男 『新歳時記』平井照敏編
 (わがせたけ いじょうはそらや はつひばり) なかむら・くさたお

 「空」は(そら)とも(くう)とも読み、(そら)と読めば、頭上はるかに高く広がる空間であり、晴れたり、雨や雪が降ったり、曇ったり、など天空の様子である。

 この作品は、草田男は野原に立ったとき、「わが背丈以上は空」であることをしみじみ実感したという内容である。かなり不思議な感覚であるが、このとき草田男は初雲雀が舞い上がってゆくのを間近で見たのだ。
 見上げた高さにある空間を「空「そら)」と感じている筆者には、草田男の「わが背丈以上」の空に新鮮さを覚えた。
 
 季語「初雲雀」を配したことで、私たち読者は、草田男の空の発見を納得できたのであった。