第八百六十八夜 あらきみほの「銀杏の花」の句

 わが家の裏には、取手駅から常総市への入口の国道246号線まで、ふれあい道路がとおっている。半分ほど桜並木、半分ほど銀杏並木である。家の裏手は、銀杏並木で、年末にばっさりと枝を伐採していたが、春になり、わさわさと小枝も増え、かわいらしい葉が芽吹きはじめている。
 風の強かったここ数日は、翌朝の犬の散歩にゆくと、小枝ごと折れて地面に落ちていることがある。犬のノエルは若い葉っぱは好物なので、もちろん歩きながらパクっと食べている。
 
 今朝は見事な五月晴だ。一点の雲もない。
 
 今宵は、「銀杏の花」の作品を紹介してみよう。
 

  千年の銀杏しづかに花降らせ  あらきみほ 『ガレの壺』平成6年作
 (せんねんの いちょうしずかに はなふらせ) あらき・みほ

 平成6年の春、夫と鎌倉へ遊びに行ったときの鶴岡八幡宮脇の大銀杏だったと思う。時間が空くと、車に飛び乗って気ままに出掛けていた。
 
 鶴岡八幡宮の若宮大路は、さすがに日本一の参詣客のために造られた路である。真ん中に一段と高い路があって、かつては貴人専用の路で、段葛というのだそうだ。
 この鶴岡八幡宮は、武家源氏、鎌倉武士の守護神。鎌倉初代将軍源頼朝ゆかりの神社として全国の八幡社の中では関東方面で知名度が高い。
 
 私たちも人波に混じって歩き、若宮大路の途切れた鶴岡八幡宮の脇の大銀杏の下に佇んでいた。気が付くと、上からはらはらと降ってくるものがある。銀杏の葉と同じで緑色の花であった。銀杏の雄花は春に咲き、花粉を風に散布させると大量に落下してしまうという。

 この作品は、後に何版であったか忘れたが、講談社の『カラー図説 日本大歳時記』の「銀杏の花」の例句に取り上げて戴いている。『カラー図説 日本大歳時記』は既に全巻揃えてあったので、私の手元にはないが、深見けん二先生からのお電話で知ったのであった。私の句が大歳時記に載った、唯一の作品である。

  月けぶる銀杏の花の匂ふ夜は  大竹孤悠 『孤悠二百句』
 (つきけぶる いちょうのはなの におうよは) おおたけ・こゆう

 句意はこうであろう。月が、いまにも雨になりそうなかすんだ風情は、大銀杏の樹下に散らばった銀杏の花が放つ強烈な匂いと同じで、男性の精子の匂いのようだと言われているが、そのような夜でしたよ、となろうか。
 
 「月けぶる」の「けぶる」は、ほんのりと美しく見える、となろうか。大竹孤悠は、月も銀杏の花の匂う夜も、二つが重なった夜であることが、けぶるような美しさであると捉えたのだと思う。

 1896(明治29)年、山形県米沢市の生まれ。1910年、松本鳶斎に俳句を学び、1918年、寒川鼠骨を経て矢田挿雲に師事、1931年俳誌『かびれ』を創刊主宰。