第八百九十夜 川端茅舎の「どくだみ」の句

 わが家の庭の隅にも十薬の花が咲いていた。これから咲く小菊の枝々の間から白い花がのぞいている。白い色も様々あるが、十薬の白い花はどこか人を寄せつけない白さである。
 茨城県常総市に豪農屋敷坂野家住宅がある。入口を下ってゆくと広い邸内には畑地も、沼も、深い竹林もある。鬱蒼とした道に、5、6月には十薬の花が群れるように咲いている。
 
 茨城県に越してきた直後の10年ほどの間に、東京から友人たちをピクニックに誘っては、坂野家住宅と小貝川の桜並木を散策した。
 
 「ドクダミは三毒を消す」という言葉がある。三毒とは、生まれながら持っている毒、病による毒、食物からの毒である。「ばばさまの秘薬」ともいわれているが、私の祖母も、花が咲く頃、根ごと引き抜いたドクダミを、軒下に吊るして陰干しにしていた。夏場の台所には、ヤカンで煎じたドクダミ茶がいつもあった。
 「飲んでごらん。よく効くのよ。」と、虚弱体質であった幼い頃の私は、とても苦いドクダミ茶を祖母から飲まされていた。

 今宵は、「十薬」「ドクダミ」の作品を見てみよう。

■1句目

  どくだみや真昼の闇に白十字  川端茅舎 『蝸牛 新季寄せ』
 (どくだみや まひるのやみに はくじゅうじ) かわばた・ぼうしゃ

 「十薬(じゅうやく)」は、十種の薬を合わせたような薬効があるといい、「どくだみ」は、毒を矯める意味であるという。そして「矯める」とは、悪いものをよくする意味であるという。十薬の、4枚の花びらは白い十字形をしているが、花びらではなく苞片で、その上の穂のようなところが花であるという。悪臭、異臭を放つのはこの部分である。
 
 こうして作品を分解してみると、どくだみと白十字の関係がようやく解けてくる。だが茅舎は、そんなふうに考えて詠んだのではないように思う。
 
 薄暗い樹の下で、茅舎は十薬の花が群れるように咲いているのを見かけた。白十字の形からの連想は、「清らかさ」であり、ほっとさせる印の形ではなかったろうか。

■2句目

  十薬の匂ひかきたて捜索す  田崎令人 『ホトトギス新歳時記』
 (じゅうやくの においかきたて そうさくす) たざき・れいじん

 山に行ったきり戻ってこない女性のニュースが流れていた。行方がわからなくなって何年も経っているという。行き先は判っているのでずっと捜査を続けていた。今年になってその辺りから腕の骨が出てきたという。ご家族の協力で、DNAも娘さんと同じであるらしいことまでは知らされた。
 
 テレビでは山中の急勾配の現場が映し出されていた。これほどの山奥に一人で入って行くはずはない。やはり事件が起きていたのであろう。捜索をしている警察の方々の姿も映し出されていた。
 
 掲句からこの事件を思った。今の季節の山中の捜索は、辺りの湿り気をおびた雑草の中には十薬の白い花も混じっていたのではなかったろうか。中七の「匂ひかきたて」から、長い棒で草むらをつついてゆく捜査官の姿と重ね合わせた。