第九百四夜 小圷健水の「夏の蝶」の句

 「夏の蝶」の代表は大型の揚羽蝶で10種ほどいる。羽を拡げると10センチ以上ある蝶をいう。多くは黒と黄の複雑な模様で、真黒のもの、紫紺の色のものがいる。
 
 夏の蝶の特色としては、大きくて色の強い揚羽蝶や烏蝶である。夏らしい強さと激しさをもっている。夏の蝶に激しさを感じたことはなかったので、例句を、私も楽しみながら学んだことを紹介していこう。
 
 今宵は、「夏の蝶」である。

  的皿のこつぱみぢんや夏の蝶  小圷健水 自註句集『滝野川』
 (まとざらの こっぱみじんや なつのちょう) こあくつ・けんすい

 夏祭の会場にある射的場での光景。友だち同士や家族が、にぎやかに射的場で代わる代わる弓を引いている。一人が見事に陶器の皿の的に当てた。割れる音も凄いが、破片の飛び散るさまも凄い。こっぱみじんに割れて飛び散ったのだ。

 季題は「夏の蝶」。辺りを飛んでいる夏の蝶が、的皿に矢が当たり陶器の割れる音に驚いてすばやく逃げてゆく瞬間を、健水さんは見てとった。「こっぱみじん」が中七に置かれたことにより、読み手が、「的皿のこっぱみじん」と「こっぱみじんとなって散るように逃げてゆく夏の蝶」の二つを同時に見る、という効果を出したのではないだろうか。

 深見けん二主宰の「花鳥来」の句会であったか、小句会「青林檎」に出された作品であったか定かではないが、この作品の良さを、先生は丁寧に解析して鑑賞してくださったことを覚えている。『蝸牛 新季寄せ』の「夏の蝶」の季題の例句にも入れてくださった。

  磨崖仏おほむらさきを放ちけり  黒田杏子 『木の椅子』
 (まがいぶつ おおむらさきを はなちけり) くろだ・ももこ

 国蝶オオムラサキはタテハチョウ科、オスの翅の表面は光沢のある青紫色で美しい。雑木林で見かけることがあるという。
 黒田杏子さんの見た磨崖仏は佐渡市宿根木の海蝕洞(かいしょくどう)に彫られたものだという。
 
 私にとっての磨崖仏は、昭和42年大学生になって初めての一人旅をした生まれ故郷の大分県直方市であった。従兄弟が臼杵の磨崖仏へ案内してくれた。この石仏群が国宝に指定されたのが平成7年だというから、人の手が入るずっと前であった。
 
 屋根で囲われていたかどうか、青空の下に堂々とした磨崖仏を拝したような記憶がある。だからだと思うが、黒田杏子さんの磨崖仏にはオオムラサキが飛んでくるかもしれないと想像していた。
 
 大いなる磨崖仏が、飛んできた小さな「オオムラサキ」との対比。「おほむらさきを放ちけり」と
 

  乱心のごとき真夏の蝶を見よ  阿波野青畝 『青畝俳句集Ⅱ』
 (らんしんの ごときまなつの ちょうをみよ) あわの・せいほ